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キーエンスは円卓に置かれた紙に木炭で字を書きながら、ちらりとイオを見上げる。
「なにを?」
「グレリー家である晩餐会に、一緒に行ってくれ!」
キーエンスは心底嫌そうにイオを睨み、手元の紙に目を落とした。
「ドレスで着飾るのは嫌いなの知ってるさ。高位の貴族と会うのも嫌なんだろ?でもグレリー家は最近騎士として名をあげた方が当主だし、そんなにエライ人たちも来ないしさ!」
頼むよ、と手を合わせて拝むイオへ、キーエンスは紙を差し出した。
「理由次第だな」
「…昨日知り合った子がさ、その晩餐会にも来られそうだから…さ」
差し出された紙に気づかないフリをしながら、イオは席について侍女の持ってきたお茶を受け取る。
「その子を誘って行けばいいだろう?他に付添役がいる子なのか?横恋慕か?」
「ち・違うよ!お忍びで来るんだ!そんな、簡単に付き添えるような子じゃない…」
ずん、と突然闇でも背負ったように暗い表情になり、肩を落とす。
「ど・どうした?」
「昨日さ…聞いたんだよ。僕と行かないかって。でもさ…それはできないって…」
「ふられたんなら、あまりしつこくするのは失礼じゃないのか?」
「違うよ!…よくわからないけど、体面的には姫は自分じゃないからって言われた」
ぴくり、とキーエンスの柳眉が跳ね上がる。
「…王族なのか」
声をひそめて言うと、イオは頷いた。
キーエンスは額を押さえる。
「…キダータの王子に求婚されてるんじゃなかったのか」
「あ!」
求婚騒ぎから約一年が経つが、受けたのかどうかははっきりとしていなかった。特に政治的に必要に迫られている訳でもないので、ルナリアとしては保留しているようだった。
「で、でもお姉さんがいるって言ってたし」
「王族の婚姻は政治が絡むことが多い。いずれ辛い目に合うかもしれないが…いいのか」
イオは硬く唇をひき結び、強く頷いた。
「そういうのがあるから、あの子は友達ができなくて寂しいんだ。僕は強い男になるんだ。なにがあっても、後悔はしない」
キーエンスはため息を押し殺し、ただ苦笑した。
「ならばもう何も言うまいよ。だが協力するかどうかは別だ」
とんとん、と置かれたままの紙を指先で叩く。
「面倒なドレスを着ておもしろくもない晩餐会に行くかどうかは、これを正確に訳すことができたら考えよう。なにから引用したかも調べるんだぞ?」
立ち上がり、荷を掴む。
「わかった!もう帰るのか?」
勢いよく辞書を掴んだイオは、意外そうにキーエンスを見上げる。いつもは訳す手伝いをしてくれるのに。
「その様子じゃ、意地でも訳すだろう?ウィーゼにドレスの手直しをお願いしないとな。女の礼装は用意が面倒なんだよ」
「アカデミーの友達でも紹介するよ!きっと誰か来てるだろうし。キーエンスって結構有名なんだよ?」
「遠慮する。君を姫に送り届けたら、私はさっさと退散するさ」
ひらりと軽く手を振り、聞き耳を立てていた侍従と侍女に会釈してから部屋を後にした。




