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ゆっくりと意識が浮上する。夢の中では気だるくもなく、朗らかに笑い、食事も美味しく感じられた。けれど、この夢が覚めてしまえば。
「…姫?」
身体は重く、食欲もなく、少し歩けば息苦しくなるこの現実。けれど、愛しいあの方に逢える。
「---アーシュ」
心配げに見下ろす深い青の瞳を見つめ返す。
愛しいアシュトン。
「貴方に逢えるなら、目覚めるのも悪くないわ」
ゆるりと伸ばした華奢な手を受け止め、アシュトンは生真面目に頷く。
「姫が望むなら、いつでも逢いに来よう」
「ありがとうアーシュ。嬉しいわ」
にっこりと笑いながら軽くアーシュの手をつねる。
「姫!?」
「でも貴方はお兄様のナナイなのだから、いつでも、なんて言ってはいけなくてよ?」
つねった手を優しく撫で、エレンテレケイアは上目にアーシュを見上げる。
「でも、いつも逢いたいわ」
そのねだるような可愛いしぐさに、アーシュはそっと唇を重ねる。触れるだけの、軽い口づけだった。
「心はいつも傍にいる、私の姫」
「わたくしもよ、アーシュ」
再び吐息が重なる。
会食を終えた一同はホールへと戻り談話を始める。
ナナイはこういった場合、あまり長居しないように、と母に言われているので、キーエンスはそっと退室の礼をとりホールを抜け出し、王族専用の回廊へと向かう。
「これはこれは、エレンテレケイア姫」
王族の居室へ向かう専用回廊へあと少し、という所で領主の跡継ぎたる若い少年達が数人立っていた。待ち伏せていたのだろう。
「…ごきげんよう。散策ですの?」
にっこり、とエレンテレケイアの笑みを浮かべ、仕方なく言葉をかける。ここで冷たくあしらっては、エレンテレケイアの名に傷がつく。
「ええ、古き名工の手による由緒正しきキダータ城は、どこを見ても目が覚めるような美しさです」
「まあ、それは嬉しいお言葉。神殿の壁画や中庭の噴水などはご覧になりました?お帰りになる前に、一度見てくださいませね」
では、と立ち去りかけたキーエンスを阻むかのように、少年の一人が立ちはだかる。
「いかがなさいました?」
「ぜひご案内をお願いしたいのです、姫」
「ええ、ぜひ」
「もう少しご一緒したいのですよ、姫」
少年達はキーエンスを囲み、中庭へと歩くように促す。
そこへ、かつり、と小気味よい音をたて踵を合わせる音がする。
「エディ、父上がお呼びだよ」
姿勢よくすらりと立ち、居並ぶ少年達を気迫で圧倒しながら、アルカイオスは足早に近づいてきた。
仕方なしに少年達は道をあけ、アルカイオスを通す。
「さあ、行こうか」
よく通る声で言い、さりげなくキーエンスの腰へ左手を添え、空いている右手で少年達に見えないよう、しっかりとキーエンスの右手を握る。
「皆様ごきげんよう」
にっこり、と笑い、アルカイオスに導かれ、キーエンスは王族専用の居住区へと避難した。
「まったく、油断できないな」
「アルカイオス様…お放しください」
つい足早になっていた事に気づき、アルカイオスは立ち止まる。
「嫌だよ、キース。放したくないね」
先ほどまでは明るく外交的なエレンテレケイアであった少女が、ただ手を握られているだけで赤面して俯く姿が愛おしかった。
「アルカイオス様…」
消え入りそうな、か細い声で恥じ入る姿がまた可愛らしい。
アルカイオスはつい手を引き、その華奢な身体を抱き寄せる。
「イオ、と、呼んでごらん」
腕の中で、少女は首を振る。
「そんな…恐れ多い…」
「私はこれでも我慢強いんだ。でも、そろそろ限界かな」
露わになった小さく柔らかな耳に唇を寄せる。触れた途端、わずかに震える身体に興をそそられる。
「イオ、と呼ばないと、次は口づけするよ」
そっと身を離し、真っ赤になって佇むキーエンスに仮面を握らせる。
「続きはまた。惜しいが…戻る」
軽く手を挙げ、アルカイオスは優雅な身のこなしでホールへと戻っていった。
キーエンスは火照る頬を軽く手で押さえ、高鳴る動悸を抑えるために大きく息をつく。
「---王子の戯れにも困ったものね」
仮面を付けた女が、柱の影より歩み出てきた。