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「わたくしも…歳の近いきちんとした男の子と話すのは初めてよ。侍女達には内緒にしないと、怒られてしまうわ」
上目に見るフリアを微笑んで見下ろし、イオは手を引く。
「さあ、案内しよう。どこがいいかな?舞いはもう見たんだろう?バラ園も女の子なら好きかな?でも昼間の方が綺麗だし…」
あれこれと思案するイオの手を握り、フリアは立ち止まった。
「ねえ、わたくし貴方とお話ししていたいわ。男の子って普段はなにをしてるの?わたくしのように作法の勉強なんてするの?刺繍はしないわよねぇ」
形のいい唇をすぼめて真面目に聞く仕草が可愛らしく、イオは始終微笑み続けた。
「しないよ。僕は父上のような騎士になりたいんだ。今はカダール訓練所に通って、剣術の訓練をしているよ」
フリアを促し、噴水の影にある石造りの椅子へ並んで座る。
「カダール…、お祖父様の姉上が嫁がれた、剣神カダールの屋敷のことね?」
「そう。他家の騎士の元で従者として学ぶ方法もあるけど、やっぱり剣の腕を磨きたいから、僕は訓練所へ行ってるんだ。父上とバンキム様が友人だったって事もあるけどね」
ふむふむ、とフリアは興味深げに大きな目を煌めかせてイオを見つめる。
「とはいえ、訓練所は剣術を中心に学ぶ場だから、騎士としての礼儀作法とかはなかなか身につけられないよ。きっと従者として学んでいたら、こんな風に姫と話せなかったと思う」
フリアはずい、と身を乗り出し、イオを正面から見る。
「わたくしはこうして話せて嬉しいわ!堅苦しく回りくどい言われ方をされても、本当は何を言いたいのか、さっぱりわからないもの」
すでに騎士と話す経験があるのだろう、フリアはつまらなそうに言葉を続けた。
「姫は普段何してるの?王族って公式の行事とかで忙しいもんなんだって友達が言ってたけど、そうなの?」
「その通りよ!どこぞの国の使者や大臣が訪問しに来たなんてしょっちゅうなの。その度に晩餐会が開かれて、わたくし達は着飾ってご挨拶しなくてはならないの。つまらないったらないわ!
その用意があるから、なかなか散歩にも行けないし、相手国の政治的な事や作法なんかもおさらいしておかなきゃならないから、お勉強もしなきゃならないし。
晩餐会は夜中まで続くからなかなか寝られないし…、まぁ、それが王族の勤めですもの。仕方ないわ」
一気にまくし立ててすっきりしたのか、フリアは扇を広げて軽く顔を扇ぐ。その表情は明るい。
「また遊びにおいでよ。訓練所の友達も紹介したいな」
「友達とはいつも何をしているの?剣の練習?」
「それもするけど、キーエンスには勉強も教えて貰ってるかな。あいつ古代公用語もスラスラ読めるんだ。礼儀作法も完璧だし…あ、でも乗馬は僕の方が上手いよ。
キーエンスは遠乗りに行ったらいつも一番後なんだ。あと釣りをしたりするよ。姫は?アカデミーやアルトニアで講義を受けたりするの?僕、古代公用語と歴史の授業をアカデミーで受けてるよ」
フリアは口をすぼめて肩を落とした。
「弟はこっそり聴講しに行ってるわ。わたくしやお姉さまは城で講師を招いてお勉強しているの。それでもお姉さまはディベルティメントで占術を学んでらっしゃるから…。わたくしもどこかの学校でお勉強したいわ」
「アカデミーにおいでよ。授業は難しいけど、友達が増えるよ?女の子は少ないけど、いないわけじゃないし」
フリアは軽く首を横に振る。美しく巻かれた栗色の髪が揺れ、ほのかに甘い香りが漂う。
篝火に淡く照らされた彼女の横顔を見つめて、イオは鼓動が速まるのを感じた。
「王族は学校へ行くことを許されていないの。ディベルティメントですら聴講をかろうじて許されているだけなのよ。わたくし達姉弟は歴史上あり得ない程自由にさせていただいているわ。そのことがわかるから、これ以上我が儘は言えない」
ふっと大人びたため息を小さくついて、フリアはイオを見上げた。
「学校は楽しい?どんなところなの?」
話だけでいいから聞かせて、と無邪気に笑うフリアを見下ろし、イオはこれまで感じたことのない感情の高まりを感じた。
苦手な講義の試験をどう乗り越えたか、仲間同士のケンカの仲裁や、学食での取り合いなど、フリアの望むままに話して聞かせる。
フリアは好奇心旺盛で、時折質問しながら楽しげにイオの話を聞いていた。
そうして、イオにとってつまらないはずの舞踏会が、とても楽しく過ごすことができた。




