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夕刻、予告した通り、エビネ家から迎えの馬車が来た。
「キーエンス嬢も、ぜひ」
使いの者に請われ、急ぎ支度したキーエンスは、バンキムの子どもの頃の正装に身を包み、エビネ家へと向かった。
威風堂々としたバンキムの影に隠れるようにして現れた華奢な美少年に、エビネ家の家人達は一様に興味をそそられたようで、注目する。
「なんとお可愛らしい」
「人形のような子ねぇ」
「男の子だなんて残念ねぇ」
ひそひそと交わされる声に、複雑な心境のキーエンスはうつむいてしまう。
「キーエンス、良く来たな!」
イオが奥よりかけてきた。気安げにキーエンスの肩を叩く。
「キーエンスのおかげで、家の馬鹿息子が古代語を学びたいなどと言い始めたぞ?アカデミーの教授に迷惑がられんといいがなぁ」
イオを追うように、赤毛の男が現れた。
「ようこそキーエンス。昔はよくバンキムも家に遊びに来ていた。君も気軽に来るといい。イオは随分と敵愾心を燃やしているからなぁ、いいライバルが現れてよかった」
「おいルッキア、年頃の娘をホイホイ男と遊ばせられるか。イオ、遊びたければ、お前が来い。なんなら剣の指南もしてやるぞ?」
イオは顔を輝かせる。
「ぜひお願いします!」
「あー、それそれ、バンキム。家の奥さんには、キーエンスは男の子だと思わせた方がいいぞ?」
問うようにバンキムが見るが、侍従が呼びに来たのでルッキアの応えは聞けなかった。
「お館様、奥様の準備が整いました」
こちらへ、と招くのは、薄布を重ねた衣装を着た侍女だった。靴をはいておらず、裸足のまま滑るような足取りで奥へと招く。ふわふわと指先から腰へと続く薄布がそよぐ。
みたこともない衣装に、キーエンスは驚いて目を丸くする。
しゃらん、と弦楽器をつま弾く音が、響く。
通された部屋は広く、床は艶やかな一枚の輝石を磨き上げた豪奢な部屋だった。一段高くなったところに低い座卓が置かれ、軽食が乗っている。ルッキアはバンキムとキーエンスをそこへ招き、やわらかで大きな綿入れの上に座らせた。
「さぁ、はじまるぞ」
ルッキアが小さく呟くと、応えるかのように一枚の花びらが部屋の中央へと舞い降りた。
部屋の隅に佇む楽士達は気にせず弦を引き続ける。
はらはらと次々に舞い降りる花びらは、やがて部屋中を埋め尽くし、ぴたりと突然止んだ時には、中央に女性が跪いていた。
幾重にも重ねられた衣装がひろがり、さながら大輪の華がそこへ咲いたようだった。
す、と優雅に片腕が伸ばされた。まるで華に命が宿ったかのよう。しなやかに空をかき、女性は腕を広げ、高く跳び、花びらと共に舞う。
そのあまりの美しさに、キーエンスはうっとりとみとれ、時間が経つのに気がつかなかった。
「常花の舞姫…か」
バンキムが呟き、はっと気がつくと、踊っていたはずの女性が目の前でにっこり笑っていた。




