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バンキムに連れられて、巨大な楕円形の建物へ入ったキーエンスは、その人の多さに驚いた。押し合うようにして進み、バンキムは選手用の入り口へ連れて行ってくれる。
「健闘を祈る」
機嫌良くバンキムは笑い、キーエンスを見送った。
案内人についていくと、奥には数人の男達がいた。予選を勝ち抜いた猛者達だ。
見たこともない巨大な斧や、意匠のほどこされた鎧に目を奪われる。
きょろきょろを落ち着き無く辺りを見回すキーエンスに気づいたのか、猛者達が興味深げにキーエンスを見た。
「年少部の勝ち残りか」
鎧甲を磨いていた男が、背にしていた壁から離れてキーエンスの元へ来る。
「将軍の息子なんだって?」
横から別の男が口を挟む。
「将軍の息子は赤毛である」
鎧の男が言うと、男達は驚いて身を乗り出してきた。
「まさか、カダール様の子か?」
「なんだって!?バンキム様がお戻りになったのか!」
「お前、噂を知らぬのか?」
「昨夜の酒場はその噂でうるさいほどだった」
「試合の前に酒は呑まぬ。なんとお小さい子か」
残念そうに、鎧の男は言う。
「剣神カダールの血をひくのだ。そなた、より研鑽し血に恥じぬ男となるのだぞ」
真剣に言われ、キーエンスは頷きそうになり、困惑した。
「私は---」
女なのです、と言いかけた時、奥の扉から黒衣の男が現れた。
「時間だ。年少部の決勝戦を始める。キーエンス=カダール、こちらへ」
キーエンスは注目する男達に一礼し、案内の男へついていった。
「…キーエンスだと…?その名は確か…」
訝しげに鎧の男は首をひねる。が、思い出す間もなく、扉は閉められた。
通路の奥は階段になっていた。奥からはざわめきが聞こえてきた。
「闘技台は神聖な場である。その階に掲げられたる銘文を心に刻み、昇るのだ。私怨や憎しみを持ってその階を降りることなかれ。すべての想いはその剣に込めよ」
黒衣の男は呪文のようにその言葉をとなえ、先へ進むようにキーエンスを促した。
階段を昇りきると、巨大な広場が現れた。多くの人々の歓声がわき上がる。
見上げると、階段式の観覧席があり、人々が身を乗り出して見下ろしていた。
広場の中央には、予選で囲われていたのと同じくらいの面積の台があった。台を囲むようにして、黒衣の男が何人か立っている。審判だろう。
台へと続く石畳の小道を歩くと、丁度向かいを歩いて台へ向かう赤毛の少年が見えた。
対戦者は反対側の控え室にいたらしい。
闘技台の上に立つ男が、キーエンスを見下ろしていた。それを不思議に思いながら見上げつつ、台へと続く階段を昇る。よく見ると、階段には文字が刻まれている。
古代公用語だった。単純な言葉ばかりなので、キダータ城でエレンテレケイアと学んだキーエンスには読むことが出来た。
この階を渡る者、恨むことなかれ。
この階を渡る者、憎むことなかれ。
この階を渡る者、嫉むことなかれ。
階段一段ごとに刻まれる言葉を読む。
この階を渡る者、獣にあらず。
この階を渡る者、雄々しき武者である。
この階を渡る者こそが、雄である。
最後の段に書かれた言葉を読み、キーエンスは足を止めた。
向かいでは登り切った赤毛の少年---イオが、訝しげにキーエンスを見ている。
キーエンスは目を伏せ、踵を返して降りる。
「キーエンス!?どこへ行くんだ!」
イオの声が聞こえたが、降りる足は止めない。




