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ざわめくホールに流れる音楽が、ぴたりと止んだ。
「第一王子アルカイオス様、第一王女エレンテレケイア様、御入室!」
執事の声に、ホールに集まる領主やその家族が静まる。
聡明で名高いアルカイオス王子の手に引かれ、しとやかに入室する王女の姿に領主達はざわめいた。
「お元気そうではないか、よかった」
「ここのところ冷え込みましたから、わが領民の間でも風邪が流行りまし
たなぁ」
「具合はもうよろしいようですな。なによりなにより」
生まれた時から伏せりがちな王女の噂は、領主達も聞き及んでいた。成長につれて丈夫になることを願っていたが、12歳を迎えたはずの王女は、それでも病弱なままだった。
優雅に礼をして父王と王妃の元へ歩む二人を注目していた領主達は、ここぞとばかりに近寄ろうとするが、遮るかのように侍従達が食堂へと続く回廊の扉を開いた。
「お食事の用意が調いました」
領主達をそれぞれの席へ案内すべく、柱の影から侍従達が歩み出てくる。現れたばかりの王子と王女に挨拶する隙を与えぬようだった。
「巷の噂をご存じですかな、王」
商業の盛んな領土の領主が会食が始まるとそう切り出した。
「ふむ。申してみよ」
「他国の王族の間で、ある姿絵が流行してると、先日我が領に訪れた吟遊詩人が申しておりました。それはそれはお美しい姿絵だとか」
にこり、と商売人のような笑顔をキーエンスに向ける。
アルカイオスはわずかに眉をひそめた。
「エレンテレケイアの姿絵か」
王も王妃も特に感情を表すことなく、食事を進める。
「写しの写し、そのまた写しまでもを欲しがる王侯貴族の方々で、絵画市場は大忙しのようですな。夏を迎える頃には、縁談が山のように来るでしょうな」
未だ伏せり続けるエレンテレケイアに見合いなどという仕事は増やせられない。
ぴりり、と走る緊張に、キーエンスは反射的に明るい笑い声を上げた。
「では姿絵にはこう書いておいてくださいな。わたくしはお父様よりお強くて、お兄様より賢い方としかお会いしませんわ」
浪々と響く美しい声で、食堂にいた者達に聞こえるよう話す。
「これは手厳しい。それでは姫にお会いできる者など、そうそうおりませんなぁ」
うふふ、とエレンテレケイアと同じ笑いを漏らし、キーエンスは領主を上目に見つめる。この仕草も、エレンテレケイアとそっくりに行う。
「あら、いらっしゃいますわ」
なに、と皆の注目を一身に浴び、間をおいてからキーエンスは形のよい唇を開く。
「賢神マトゥルスや光の神オーディン、それから…」
「神殿に嫁ぐつもりか?やれやれ、今から女神カメリアに祈るか」
縁結びの女神の名を出し、王は肩をすくめる。嫁ぐ時期を過ぎた娘達が慌てて崇拝する女神の名に、一同より笑いが漏れる。
「王子の噂も流れておりますよ。すでに縁談がおありでは?」
「女神ラダーより心優しく慈愛に満ちた方となら、お会いしてもいいですよ?父上」
「その御婦人ならば知っているぞ。だがとっくに嫁いでいるわ。のう王妃」
王は王妃メリッサの手を取り、軽く口づけする。
「お上手ですこと」
食堂に笑いが響いた。




