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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
カダールの末裔
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 目が覚めたのは、明け方だった。

 古いがよく手入れのされている寝具から降り、キーエンスは薄明かりの中、部屋を見回した。女性の私室のようだった。文机があり、こまごまとしたものが置いてある。

 部屋の中央には小さな卓が置いてあり、椅子もある。薔薇をかたどった彫刻がほどこされている。

 顔を洗い、いつの間にか寝衣に着替えていたことに赤面する。きっとウィーゼが着替えさせてくれたのだろう。置かれていた着替えに袖を通す。少年用の動きやすい服だった。誰かのものなのだろう。着慣れた様子が、しっとりとした着心地からわかる。女子用のドレスでなくてよかった。とてもこの髪では似合わない。


 久しぶりに曇りひとつない鏡に自らの姿を写し、笑う。薄い色の金髪は短くそろえられ、晴れた日の空のような水色の瞳がこちらを見返している。みたこともない少年がそこにいた。いつもはドレスの中に隠していた細剣を腰に下げる。

 突然、ずん、とかすかな地鳴りを感じた。


「なに?」


 ドアを開けて廊下を見回すが、静かだ。ベランダを空けて庭を見下ろす。この部屋は二階にあったらしい。真下に色とりどりの薔薇が咲いていた。


「綺麗…」


 朝の澄んだ空気の中、薔薇の芳香が漂ってくる。と、それにわずかにきな臭い匂いが混じっている。

 階下を見回すと、なにやら屋敷の隅に、煉瓦造りの小屋がくっつくようにして立てられている。そこから真っ黄色の煙が漂っていた。どうやらさきほどの地鳴りは、そこが原因のようだ。

 好奇心を刺激されたキーエンスは、庭を見下ろす。このくらいならば、飛び降りても平気だった。

 ひらり、と身軽に飛び降り、空中で回転して勢いを殺す。狙い通りの場所に軽く着地する。薔薇の香りが強くなった。

 キーエンスは気分良く微笑むと、大分煙の薄くなった小屋へと向かった。


 がっはごっほげへげへ、と苦しげな咳が聞こえたので、慌ててドアを開けて空気を入れ換えてあげる。


「大丈夫ですか?」


 げっへげっへ、と咳が返ってきた。


「そっちの窓も開けますね」


 小屋の外をぐるりとまわり、反対側の窓を外から空けた。敷地内にある小屋だからか、鍵はかかっていなかった。

 吹き出る煙を避けて下がり、中をすかし見る。大分煙りが薄くなった。


「おぅげっっへ」


 なにやら中で人の声がするので、キーエンスは身を乗り出して窓から中を覗いた。


「これをぅげっはっ」


 人影がなにやら手を振っている。煙に慣れたので、キーエンスは失礼して窓から中へ入った。

 床には本や紙やなにかの道具が散乱している。人影の方へ行き、キーエンスは短く悲鳴をあげた。


「これをっかけてくれっげっへ」


 腰までの長いくせ毛をたらし、奇妙な円いガラスをはめた革ベルトを目にあてた老人が手を振っていた。

 その異様な風体のみならず、彼の両足はきらめく金になっている。ちょうど膝から下に液体をかけたかのように金色に光っていた。そして、動けないのか、手の届かない机の上にある瓶を必死に指し示す。


「それをかければいいんですね」


 がっはごっほ、と咳き込みながら、老人は何度も頷く。気のせいか、金になっている部分が増えてきているように見えた。じりじりと這い上がってくるようだ。

 キーエンスは老人の示す瓶をとり、じわじわと金になっていく部分へとふりかける。

 瓶から零れた液体は透明で、かすかに甘い匂いがした。液体に触れると、金は土のような黒いモノに変わってしまった。


「助かったぞい~」


 ぐほぐほ、と咳き込み、老人は自由になった足を動かす。黒いモノがぼろぼろと崩れて落ちた。


「おお、元通りじゃ~。錬金液を作ったはいーが、爆発のはずみで足にこぼしてしまってのー。中和液に届かんのでどーしよーかと思ったぞい」


 ありがたやありがたや、とキーエンスを拝む。


「大事にならず、よかったです」


 見かけは異様だが、なんとも気の抜けた話し方をするので、警戒心は無くなった。


 キーエンスは笑って、倒れていた椅子を片付け、老人を座らせる。


「お怪我はございませんか?煙を吸ったので苦しくはありませんか?」


 老人は不思議そうに、キーエンスをじっと見上げる。


「ほーむ。みたことない色じゃのー。お前さん、なんでこんなところにおるんじゃ?子どもなんぞ屋敷におったかのぅ。訓練生がここまで来ることもないしのー」


「失礼いたしました。私はキーエンスと申します」


 びく、と老人は身体を震わせ、立ち上がる。


「ぎゃ!びっくりさすな!…そりゃまたエライ名前じゃのぅ。剣神の妻、ルナリアの女王の名前じゃぁ~」


 くわばらくわばら、と縮まるようにして椅子に座り直す。


「さてはカダールの末じゃの。ではバンキムが戻ってきたのは夢ではなかったか~」


 にこ、と老人は無邪気に笑う。


「ようこそキーエンス。カダールの末よ。ワシはレコルダーレという。会えて嬉しいぞい」


「私もお会いできて嬉しいです」


『レコルダーレ!大丈夫なの!?また爆発したでしょ』


 突然ウィーゼの声が聞こえた。


「おーぅ無事じゃぁ~」


 レコルダーレは天上の金管へ向かってしゃべる。


『あんたじゃなくて小屋よ!下はワイン蔵なんだからねぇ、床ぶち抜いたらただじゃおかないわよ!』


「うーむ、口が悪いのぉ。金のワインもうまかろー」


『どーゆー意味よ!?』


「わしゃーもう眠いぞい。あとで片付けておいてくれなぁ」


 ふぁあ、と子どものようにあくびをもらす。


『食事とってから寝なさいよ!ちょっと!』


「嫌じゃ。ねむい」


 むにゅむにゅ、とあくびをかみしめる。


「では、私は失礼いたします」


 慌ててキーエンスは立ち上がる。レコルダーレもどっこいしょ、とかけ声をかけてたちあがった。


「おぅ、またなー」


 ひらひらと手をふり、レコルダーレは部屋の隅にある大きな布のかたまりの中へ潜っていった。


 そこが寝床なのかな…。


 キーエンスは驚いて見ていたが、失礼かもしれないと思い直し、小屋を出る。


 丁度陽が登り、朝日が照らしてきた。


エピソードが抜けていました。修正しました。

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