表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
カダールの末裔
28/264

「王女が求婚されたからなぁ、その祝いの大会だ。急なもんで、明日しか闘技場が使えない。だから予選をここでやっとるんだが…忙しくてかなわん」


 医療用のテントを素通りし、大きな建物の医務室へと向かう。


「どれ、傷を見せろ。短剣の傷だな」


 バンキムは大人しく医務室の椅子に座り、右目を覆っていた布をほどいた。


「なんじゃ、自分でやったのか。化膿もしておらぬ」


 傷口を見て、老人は即座に知ったようだ。手早く消毒すると、真新しい包帯を巻く。


「キィ、このじーさんはここらで一番腕のいい医者だ。骨のつぎ方をそのうち教えてもらえ」


「キーエンスと申します」


 軽く膝を曲げ、頭を下げる。目上の者に対する礼だった。


「トゥーバだ。バンキムの娘にしては、行儀がいいのぅ。よい骨格をしておる。美人になるぞい」


 にしし、とトゥーバは笑い、巻き終えた包帯の上からバンキムを軽く叩く。


「よく戻ったな、バンキム」


「おう。世話になる」


 ふん、と鼻をならし、トゥーバは小馬鹿にしたようにバンキムを見下ろす。


「なにを言うのやら。ここはお前の屋敷だろうに」


「言ったはずだ。ここは住む者のモノだ」


 バンキムは無表情のまま応える。

 生意気いいおって、とトゥーバは笑い、卓におかれた鈴を鳴らす。


「まずは身綺麗にせい。どうせ夕方にならぬと皆はそろわぬ。レコルダーレならばそろそろ起きているかもしれんが」


「あいかわらずモグラみたいな生活か」


「益々モグラになりおったわ」


 かちゃり、とノックもせずに女性が入ってくる。背の高い中年の女性だ。茶の髪をきっちりと一つに束ねている。


「あら。出戻ったって噂は、ホントなのね」


 髪と同じ茶の瞳でバンキムを一瞥し、にやりと笑う。トゥーバによく似た笑い方だった。


「キィ。このカマキリみたいな女はウィーゼ。口は悪いが性格も悪い。なぜかメシはうまい」


 ばし、とバンキムの頭を叩き、ウィーゼはキーエンスへ向き直る。


「ウィーゼよ。よろしく。なによその髪、そろえないとみっともないわ。いらっしゃい、ここで切ってもいいけど、怪我人が来たら手伝わされるの嫌なのよね」


 有無を言わさぬ勢いでまくしたて、キーエンスの手を引く。バンキムは頷き、着いていくよう促した。

 キーエンスはウィーゼのふくよかで皮のあつい手のひらを心地よく感じながら、ついていった。


「あらちょっと、あんた色白いのねぇ」


 厨房の傍、侍女達が休憩する部屋に連れて行き、椅子に座らせたウィーゼは、キーエンスのざんばらな髪をかきあげ、布を首に巻く。


「キーエンスと申します。ご親切に、ありがとうございます」


 はさみを持ったウィーゼに言うと、ぴたり、と動きを止める。


「バンキムの子とは思えない礼儀正しさ…、なんだかカユくなりそう。ねえ、キーエンス。その声、女の子でしょう?よく見れば綺麗な顔してるじゃない」


 頬に手を当てたウィーゼは、ぎゃ、と悲鳴をあげる。


「なにこれ!煤?なんの美容法よ!」


 手についた煤を慌てて布で拭き取る。そして容赦ない手つきでキーエンスの顔も拭う。


「せっかく綺麗な白い肌してるのに、わざわざ汚してどうすんのよ…」


 現れたキーエンスの素顔に、ウィーゼは驚いて口を閉ざす。

 ぱたり、と真っ黒になった布を置く。


「なるほどねぇ、こんなお綺麗な顔してちゃ、目立つからしょうがないか」


 ふぅ、とわざとらしくため息をついて、はさみを動かす。


 きっと煤をつけたのは、エレンテレケイアと同じ顔を隠すためだった。けれど、キーエンスはただ曖昧に微笑むだけにしておいた。


「今日は予選があったからみんな出払ってるけど、明日の大会が終われば落ち着くからね。それまでバタバタしてるだろうけど、気にせずのんびりするんだよ」


 手際よくはさみを動かし、髪をそろえていく。エレンテレケイアと同じ色の髪の毛が床に落ちるのを、キーエンスは悲しく見下ろした。


「すぐに伸びるよ」


 バンキムの傷やざんばらなキーエンスの髪を見て、なにかあったのだとさとってくれたのだろう。ウィーゼはぶっきらぼうな口調で、それでも優しく言ってくれた。


「…はい。ありがとう、ウィーゼさん」


 ぷ、とウィーゼは笑う。


「よしとくれよ、他人行儀な!ウィーゼでいいよ。お腹は空いていないかい?軽く食べるといい」


 切り終えたウィーゼは軽くキーエンスの肩についた髪を払い、厨房から焼き菓子を持ってきてくれた。


「あたしゃ新しいシーツを取ってくるから、ちょっと待っていておくれね」


 ウィーゼは慌ただしく出ていく。

 残されたキーエンスは焼き菓子を食べた。ほのかにハーブの香りがする。とても落ち着く匂いだった。キーエンスはいつのまにか、卓に伏して眠ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ