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「カダール様の一族はもういらっしゃらないはずだ!剣豪バンキム様は遠くへ行かれてしまったのだ!」
赤毛の少年も監督官にならい、怒鳴りちらす。
「カダール様を侮辱して…無事この場を逃れられると思うな!」
なにい、と騒ぎを聞きつけた観客達へと、怒りが伝染していく。
「叩きのめしてやる!」
怒気も露わに、監督官は腰の剣に手をかけた。
ふん、と鼻で笑うバンキムを、キーエンスは呆れて見上げる。
「楽しんでいらっしゃいますね、父上」
「俺は安いケンカは買わない。キィ、頼んだぞ?」
とん、と軽く背を押し、怒気を吹き出す監督官の方へと行かせる。
「子どもでも容赦せんぞ!」
監督官は、キーエンスが細剣を抜く隙を与えず、鞘から抜きざまに剣を振りあげた。
たたた、と軽い音をたて、二の腕、大腿部、腹部の急所に短剣が突き刺さる。
わずかに軌道をずらしたまま、それでも監督官は剣を振りきった。だが、キーエンスは身軽に飛び退く。その時にはすでに細剣を抜き構えていた。
監督官が顔をゆがめ、痛みに耐えながらさらに剣を振るおうとした時、懐へ踏み込んだキーエンスは二本の細剣を交差させ、監督官の剣を絡め取る。そして監督官の勢いを利用して、そのまま剣をはじき飛ばした。
空手になった監督官は、それでもキーエンスにつかみかかろうと手を伸ばす。再び飛び退いたキーエンスへその手が届く前に、バンキムは背の大剣を鞘のまま振り下ろす。
がき、と鈍い音をたて、監督官の腕が在らぬ方へ曲がった。
「勝負はついているのに、悪あがきするのは最近のやり方なのか?」
さっきのガキといい、ろくでもねえな、とバンキムは大剣を背に戻し、吐き捨てる。
「…背負うほどの大剣…?」
赤毛の少年が、小さく呟いてバンキムを見上げた。
「なにごとだ!」
人混みをかきわけ、あちこち血で汚れた服を着た老人が現れる。
「なにをやっとんだおまえは!」
怒鳴りながらも持っていた木箱を開き、布を取り出して腕や脚をきつく結ぶ。素早く防具をつないでいる革を切り、傷口を見る。
「なんじゃ、浅いわ。止血の塗り薬で充分だわい」
荒っぽい仕草で薬を塗り、結んでいた布を手早く取った。そして曲がった腕に添え木をして固定する。
「なんだって子どもの監督でこんなことになったんだ?」
木箱をかたづける横から、防具をとりあげ、刺さったままの短剣を抜き取る男を見上げる。
「おまえさんか?この若者を倒したのは。私闘は禁止されとるのを知らぬのか?」
バンキムは抜き取った短剣をキーエンスへ渡し、肩をすくめる。
「知ってる。じじい、ボケたのか?」
バンキムの暴言に、老人は目をすがめ、バンキムを凝視した。
「---この…ばかたれが!」
びりびり、と鼓膜を振るわすほどの大声が、老人の口より吐き出される。キーエンスは思わず後ずさる。
「怪我をしたならさっさと来い!いつも言っとるだろうバンキム!」
どお、と観客達が騒ぎ出す。
「剣豪バンキム!?」
「本物か!」
「なんだって!!」
「バンキム様だって!?」
バンキムは呆然と見上げている監督官だった若者の首根っこをつかまえて、立ち上がらせる。
「そういうことだ」
「うるさくてかなわん!中へ入れバンキム!」
面倒臭そうに頷いたバンキムは、老人の後に続く。ついていこうとしたキーエンスの手を、赤毛の少年が捕まえた。
「僕はイオ。明日、必ず闘技場へ来るんだ、君と手合わせしたいキーエンス!」
「イオ…」
……王子の愛称と同じ。
ふと、曇る表情に、イオと名乗った少年は、不安げな顔をする。
「来てくれるよな?」
「…はい」
キーエンスは頷き、バンキムの後を追った。




