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面倒くさいな、と顔に書きながら、キーエンスはアグリルの腕に手を乗せる。アグリルは背に突き刺さる氷の視線を感じたが、あえて無視した。
------ヤマになんて知らせりゃいいんだ。
すべて逐一報告している。けれど、精霊に攫われ、なおかつイズニークにあんなことをしたとは、とても言えない。
王の傍らに椅子をすすめられ、不快気な顔を押し殺しながらアグリルは椅子を引く。
------カンベンしてくれ、お嬢。
滝のように豊かに流れる黄金の髪、なめらかな白磁の肌、そして澄んだ湖水のような淡い青の瞳。
西の国では絵でしか見ることの叶わぬ大輪の薔薇を髪に飾り、形のよい唇に笑みを浮かべる。
------とてもじゃねえが、落ちない男はいねえよ。
やばい、ヤマに怒られる。と内心冷や汗をかいていたアグリルは、王のついたため息に目を上げた。
「やっと食事だ。…もう立つ気力もない」
眼下の会場では、貴族達が円卓を囲み、席に着き始めていた。それを一瞥し、ウェルギリウスは再びため息をつく。
「あれ、終わらないと乾杯ができない。ということは食事も運ばれない。…くそ」
「あの果物だけか、食べたの」
俯きながらキーエンスは小声で言う。
「ああ。空腹で目がまわりそうだ。お前…よくあんなくるくる動けるな。お前もそう食べていないだろう」
「もともとそんなに食べないから。まだ持ってるぞ、いるか?」
「さすがに口にしていれば見えるだろう。欲しいが…我慢する。後もう少しで毒味を終えた冷えた料理がやってくる」
ぎゅるる、とウェルギリウスの腹が鳴る。近しい者にしか聞こえないが、それがこれまでの言葉が真実なのだと語っていた。
「…お嬢、もう少し行儀よくしてくれんか」
一応控えめにアグリルは言ってみた。
「なにを今更」
眼下の卓からは見えぬよう、わずかに目を上げアグリルを睨む。
「うむ。泥まみれの傭兵が口汚く罵る所など何度も見飽きた。今更あぐらをかこうが酒を飲んで暴れようが、私は一切気にしない」
ウェルギリウスは頷き、再び眼下の卓を見る。そろそろだろう。
「なに」
アグリルがきつくキーエンスを見下ろす。
「してないよそんなことっ何適当なこと言ってるんだ君は」
「してただろう、キサ大臣に。綺麗な言葉で笑顔を浮かべて崖から突き落とすような…ああ」
王、とキュベルが合図をした。ウェルギリウスは立ち上がり、杯を上げる。
「今宵、我が祝いの席での言祝ぎは、我の治世か続く限り忘れぬ!祝福を!」
お祝い申し上げます、と貴族達の声が続き、波打つように彼らが礼をする。
そうして宴が始まった。
王は運ばれてくる料理をすべて平らげ、言葉なくひたすら食べ続ける。
「そうか、がっつり食べたいから私を呼んだな。まぁなぁ、あれだけの貴族やら地方族長と卓を囲めば、どうしても仕事がらみの話をしなくちゃならないからな」
ノンビリと水を飲むキーエンスの皿に、いつの間にか果物が数切れ乗っている。
ゴーグルを着けたままの薄金の髪がわずかに揺れた。
王と同じく育ち盛りのヴァッススは、彼ら同様に無言で食べ続ける。
キーエンスは笑い、小さく切って口に含んだ。甘さと酸味が広がり、とろけるようにして喉を通る。
「おいしい」
呟きに、だろ、というようにゴーグルを向け、フリントは再び猛然と食べ続ける。
「怪我はねえのか、お嬢」
すっかり舞姫一行など無視して食事を続ける王に気を緩めたアグリルは、キーエンスの身体を点検するように見る。
「なんか、アザが増えてねえか?」
露出の少ない衣装から僅かに見える手首や首筋に、出来たばかりと思われるアザが見え隠れしている。もともと慣れぬ砂漠でいくつかアザを作っていたが、これほどではなかった。
険しくなる黒い瞳に、キーエンスは慌てて手を振った。
「しかもまた痩せやがってっ」
衣装の腰に出来たゆるみに気づき、アグリルは青筋をたてる。
「太らせろっつー厳命を受けてんだぞ、オレは。当分は食べて寝るだけの生活な」
卓上の肉のかたまりを切り分け、キーエンスの皿に載せる。
「ほら食え、もっと食え、太れ」
「肉はあんま食わねえよコイツは。なんかさっぱりした味付けじゃねえと…そっちにしろよ」
おう、とフリントの助言に従い、アグリルは料理を取り分ける。キーエンスは不満そうにしながらも料理をつついた。
ぷ、と笑いを漏らし、ウェルギリウスは口元を拭う手布を置いた。
「剣の舞姫殿、後援と出資のどちらを望む?」




