3
ひゅ、と呼吸を整え、キーエンスは身を沈める。
高らかな金属の弾ける音が響いた。
少年が呆然と立ちつくし、自らの首に突き刺さらんとする細い剣を見下ろす。
ざむ、と音をたてて、少年が持っていたはずの剣が地面に突き刺さった。
「血を見たいのか?」
シーリーン譲りの冷ややかな声で言うと、少年は細かく震え出した。
「ま・参りました」
顔をひきつらせて言いながら、少年は地に突き刺さる剣を目で追う。
「そこまで!」
監督官が慌てて叫ぶ。
キーエンスは身を引き、細剣を鞘に収め礼をした。
突き刺さっていた剣を引き抜いた少年は、その頭めがけて剣を振り下ろす。
す、とキーエンスは地に手を突きバランスをとりながら、片足で少年の足を薙ぎ払った。
だん、と地べたにひっくりかえった少年から、素早く身を離し、キーエンスは身構える。
その両手には数本の短剣。
まだ殺気を消さぬようならば、打つしかない。
「なにを考えている!」
監督官が少年を引きずり起こす。
「出ていけ!馬鹿者が!」
少年は剣を取り上げられ、会場から放り出された。
キーエンスはバンキム譲りの無表情を装い、短剣を袖口にしまいながら、赤いリボンを受け取った。
「なぜあいつが切り込むのに反応できたんだ?頭下げて見えなかっただろ?」
赤毛の少年が聞いてきた。
「殺気…というより、怒気が、溢れていたから。なにかするだろうと思ったんです」
腕や脚には懐剣がある。取り出す時の邪魔になるので、仕方なく赤いリボンは首に巻いた。
「気を読むのか!お前、占の修行もしてるのか」
話を聞いていた別の少年が声をあげる。
他の者達もキーエンスを注目した。
「いいえ。学校へ行った事はありません」
なんだ、と蔑むような視線を向けられる。
「防具も買えぬ、賤民か」
「おおかた賞金狙いだろうよ」
「めでたい大会だというのに」
「卑しい者はこれだから…」
ひそひそと囁かれる言葉に、キーエンスは驚く。
これまで浴びた事のない蔑視に、怒りより驚きを覚える。
ぽん、と大きく無骨な手が頭に置かれた。
「こいつらの防具は、急所に裏打ちがされている。薄い鎖帷子だ。お前の短剣なら、即死はしないだろう。遠慮しなくていいぞ」
バンキムは囁きなど無視して話す。キーエンスは苦笑して見上げた。
「一度放てば、傷は一箇所ではすみません。子どもの身体であれば、出血多量で数刻ももたない」
「医師が常駐しているはずだから、死にはしない」
そうバンキムに教えて貰ったが、結局短剣を使うようなことはなく、あっさりと勝ち抜いてしまった。
赤毛の少年と対戦することなく、彼とキーエンスが勝ち残った。
「明日の決勝は闘技場で行う。必ず時間までに来るように。君…名は?」
赤毛の少年の名は訓練生なので、すでに知っているのだろう。キーエンスにのみ、監督官は尋ねる。
「キーエンス…」
ドリーシュの家名は使わない方がいいかもしれない。万が一、キダータから追手が来たときに、すぐ知られてしまう。
「カダール」
バンキムが低い声で言う。
「キーエンス=カダールだ」
バンキムの言葉に、監督官は怒りで顔を真っ赤にする。聞いていた赤毛の少年も、不快気にバンキムを睨み上げた。
「ふざけるな!カダール様の名を騙るとは不届き者め!」




