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「これより貴族の方々、地方民族の長達が入室されます。着席後、お呼び致しますので、それまでお休みください」
折り目正しくキュベレは一礼し、控えの間の外に出る。そして衛兵達と共に扉の前に佇んだ。
やがて室内からは朗らかな笑い声が絶え間なく響き、驚いて思わず顔を上げる。
「…王の笑い声など、初めて聞きました」
常に扉を守る近衛兵が呟く。
「最近はよく眠れているようです。侍女に起こされる姿など、これまでなかったのに」
あまり眠らず、侍女が起こす前に寝室を出て執務に向かう姿ばかりを見てきた。
「この大変な時期を、あの若さで乗り越えようとしておられる。…よい王におなりだろう」
衛兵達は互いに囁き、安堵を込めて笑い合う。
「…よかった…」
侍従長はかみしめるように呟き、そっと目頭を拭って職務に戻った。
やがて始まる宴の間に、さざ波のように緊張とざわめきが走る。これまで見たこともない者が、王の傍らに佇むからだ。
王の最も傍に立つ貴族はいつものように藍色の衣を纏うギローシュ。貴族出の側近の中では、彼が最も王と親しい。
近衛隊長であるビブラクトは王の幼い頃からの護衛だった。今では近衛隊長の任につき、以前ほど傍にいられることはないが。
数少ない側近の顔は皆知っている。だが、その傍らに侍従と共に立つ者は。
目深に純白のローブを纏い、俯きがちに会場を見下ろしている。時折王が話しかけ、侍従と共に言葉少なに応えている。
宴の始まりを告げた王の前に並ぶ貴族や地方族の長達は、用意していた言祝ぎの他に、余裕があるものはその者に話しかけていた。
「やはりあれが」
「噂どうり、他国の貴族か」
「王のご友人とか」
「なんと、東の国々にお身内が」
「それはなんとも」
密やかに噂は流れ、永遠にも思えた挨拶の行列が終わると、見せ物や芸事が始まる。
「…顔見せは終わったな」
小さくキーエンスは呟き、見たこともない動物達が庭先で鳴くのを見ていたウェルギリウスは、視線を背後の友に向けた。
「そのためにいてくれたのか」
「高い所から人を見下ろすのは苦手だ。…だが、王の友人として覚えられねば、遊びに来れないからな」
顔を覆う布越しに笑う。そこへ手をやり、そっと外す。
「行くのか」
庭先での出し物が終わり、喝采と拍手が贈られる。進行通りだ。
露わになった顔に驚きもせず、ウェルギリウスはわずかに悲しげに赤銅色の瞳を揺らめかせた。
「ああ。…報酬はもらった」
ぱさり、とフードを降ろす。輝く金の髪が露わになり、燭台で輝く会場の中で、ひときわ目立つ。
「なに?」
思い当たらない、と首をひねるウェルギリウスに、キーエンスは笑いかけた。
「信頼だ。…私を信じるか、王」
純白のローブに手をかけ、挑むようにウェルギリウスを見る。
「もちろんだ」
迷い無くウェルギリウスは応える。
キーエンスは笑みを深め、王座の傍らから会場へと歩を進める。
「では御前での抜刀を許してくれるか」
衆目が集まるのを睥睨するように見回し、会場内によく響く涼やかな声を高らかにあげる。
「貴様!何をする気だ」
ビブラクトが気色ばみ、近くの衛兵を呼ぶ。
「許す!引けビブラクト」
ですが、と言い募るビブラクトをひと睨みで黙らせ、ウェルギリウスは歩み去る傭兵を悲しげに見下ろした。
彼女は振り向かず、ただローブを外し、控えていた黒衣の男に手渡した。露わになる背は細く、柔らかな曲線を描く。
「あれは、ヴァッスス!あの姿は、一体…」
慌てふためくビブラクトを押しとどめ、藍色の衣を乱したギローシュは、ざわめく会場を堂々と横切る女に目を奪われる。
滝のように背に流れる黄金の髪、なめらかな光沢を放つ上質の絹で出来た深紅の衣装。
しなやかに身を折り、会場の隅に座る盲目の男の前で膝をついた。
「お待たせいたしました、イズニーク様」
しゃりん、と贈られた装飾品が音をたてる。
眼布につつまれた顔を動かさずに、男は静かに座り続けた。
「…拗ねてんだよ、そいつ」
集まる衆目に、意心地悪く思いながら、フリントが教えてやる。
ふむ、と頷き、キーエンスは手を伸ばし、イズニークの眼布へと手を伸ばす。




