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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
舞姫、楽師に口づけを落とす。
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16

「…そうか。その者の無事を祈る。できれば、そなたらには長く滞在していただき、異国の話を伺えたら嬉しく思う。ではまた、明日の宴で会おう」


 一行はそれぞれに性格を表す礼をして、退室する。


「ほらな。隠すだけ無駄だったろう?」


 ウェルギリウスは笑い、キーエンスを見た。フードから零れる金の髪、そして布では隠せない薄青の済んだ瞳。それらはシールムや向こうでしか見られない薄い色素だ。


「舞姫の護衛だったのだな、お前は」


 ウェルギリウスの笑顔での問いに、キーエンスはじっと見つめ返す。


「私を信じるか、王」


「ああ。」


「では嘘はつかぬ。私は舞姫の護衛ではないよ」


「うん?」


 だが、あの様子では、共に旅をしていたようだが。


「砂嵐は本当だ。嵐というより突風だったか」


 煌めく光と清らかな水を思い出し、淡い青の瞳を細める。


「そしてあの場へ突然現れたのか」


 ゴロワースの言葉に、キーエンスは首を振る。


「その前にオアシスに落ちた。だからずぶぬれだったんだ」


 少年ふたりはぽかん、と口を開ける。


「参ったよ。その後砂漠に出たはいいけど、濡れてるから砂がこびりつくし。お陰で泥まみれだ」


 まあ、今は風呂に入れたからいいけどね。と言うと、ようやく少年達は驚きの声をあげた。


「オアシスってお前!」


「あの水を飲んだのか!なのに戻れたのか!」


「時間すら移動することなく戻るとは…」


 口々になにかぼやき、顔を見合わせてなにやら頷き合う。


「ただ者じゃないとは思っていたが、そこまでとは」


「聞いたことがないぞ、オアシスから無傷で帰ってくるなんて」


 ん?とキーエンスは首をひねり、そうか、と納得する。


「彼も、目を奪われたのだったか」


 キーエンスの呟きに、ウェルギリウスは思い当たる。


「先ほどの楽師か。目に布を巻いていたな」


「ああ。彼もまた、オアシスに行ったことがあるそうだ」


「なんと。…やはり稀代の名妓舞姫の元には、類い希な者ばかり集うものなのか」


 ゴロワースは呟き、運命説がどうのと小難しい事を並べる。

 かつん、と再び扉の向こうで衛兵が踵を鳴らす。

 ウェルギリウスは顔をひきしめ、再び椅子へ座る。ゴロワースは侍従らしく彼の背後に立ち、キーエンスは気配を殺して壁際に立った。


「キサ=ウェルデディウスでございます、王」


 油を頭からかけたような巨漢が入室してきた。むせるような香水の匂いに、キーエンスはフードに隠れた柳眉を寄せる。体臭を隠すためだろうが、悪臭には変わらない。


「祝いの儀の次第につきまして、ご相談を。…おや、その者は」


 肉にめり込んだ目をキーエンスへと向ける。ウェルギリウスに似た赤銅

色の瞳だが、あまりに細く、まるでは虫類の目のようだった。


「シールムより参った私の友人だ。人見知りをするので、挨拶は控えてくれ」


 さきほどのアグリルの言を真似て、ウェルギリウスはそんな事を言う。

 思わず吹き出しそうになりながら、慌てて無表情を装い、は虫類のような男を一瞥する。


 儀の次第についてというより、ウェルギリウスが近くに置く得体の知れない者を見に来たのだと、キーエンスは読んだ。


「おお、それはそれは。シールム国からであればイルバクの言葉を解すのも然り。だが礼を知らぬとは気の毒なことだ」


 む、とウェルギリウスの頬に嫌悪の引きつりが走る。どうやらこういう物言いを嫌っているようだ。


「それは申し訳無いことを。王が気を遣ってくださったのだが、どうか気を悪くしないでいただきたい。キサ=ウェルデディウス殿?」


 イルバクに列なる貴族の名は舌を噛みそうに複雑な発音だ。それをさらりと口にのせ、キサを驚かせる。


 ばさり、とマントを払い、王族らしく流れるような仕草でシールム風の優雅な礼をしてみせる。


「私はキーエンス=カダール。遙かルナリアよりシールム王国の親戚を訪ねた折、縁あって舞姫の一行と共に、かねてからの友人を訪ねるため、砂漠を越えてきた。イルバクの貴族殿ならばさぞかし深い教養がおありだろう。国政についてもお教え願いたいが、それは王にお尋ねした方がよろしいかな」


 はらり、とキサは手にしていた祝賀の式次第を書き連ねた紙を落とし、後ずさる。


「そのような…ま・まさか」


 青ざめ、キーエンスとウェルギリウスを見比べる。


「いつのまに、そんな」


 慌てて退室の礼も取らずに、キサは脂肪にふくらんだ腹と尻を揺らしながら出ていく。


「なんだ、あれは」


 驚きすぎだろう、とキーエンスは柳眉をひそめる。だが、臭い香水の香りが薄れていくのでよかった。


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