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ふわり、と舞うかのように身体を反転し、勢いを着けて長くしなやかな足を振り下ろす。
襲ってきた破落戸を草むらに沈め、キーエンスは一度地面に足をおろすのみで、再び飛ぶ。
気合いと共にマントを翻し、飛来した矢をマントで絡め落とす。
「ゴロワース!」
背後で上がった声に、キーエンスは毒の塗られた矢を放り、とりあえず見える範囲では立ち上がる破落戸はいないことを確認する。
「私は捨て置き下さい、ウェルギリウス様。もう城はすぐそこです、ここまで来ればおわかりでしょう?」
「何を言う!そなたを置いてなど------」
再び空を裂く音に、キーエンスは細剣を振るって矢を落とした。
「ここに留まっても、無駄に命を落とすだけだ。立て侍従殿、生きていればお前の王をいくらでも助けられる」
血の滲み始めた腕を見下ろし、キーエンスはマントを裂く手間を省いて手布を取り出し腕を縛り上げる。
「彼を担ぐんだ!妙な気配が漂ってきた」
先ほどの魔術と似た気配だ。きっと近くで陣を描き、妙な呟きを始めたのだろう。
「もう身代わりの護符はない…これまでか」
後ろ向きな事ばかり言う侍従をキーエンスは殴りそうになる。だが、その前にウェルギリウスが手を出した。
ぺちん、といささか情けない音をたて、平手を降ろす。
「私についてこい。なにも恐れることはない、私が王になるべくしてなったのならば、天が見放すはずがない」
わずかによろけながら呆然とする侍従を担ぎ直し、ウェルギリウスはキーエンスを見た。行こう、というように頷く。
「ああ、その通りだよ王様。私のような腕のいい傭兵と出会ったのも、天の差配だろう」
強くなる険悪な気配を振り切るように笑い、キーエンスはウェルギリウスとともに歩き出す。
「もうすぐ門があるはずだ、東の------」
ヴン、と不吉な音が空を裂く。
キーエンスは勘の指し示すままに、ウェルギリウスを伴って横へと逃げる。
ざくり、と柔らかな物を裂くようにして、不吉に黒い槍のような物がウェルギリウスのいた辺りの地面に突き刺さる。
しゅわりと音をたてて黒い槍の周辺に生えていた植物が枯れ果てた。
「物騒だな」
あれはさすがに跳ね返せないかも、と冷や汗を流し、再び強まっていく邪悪な気配に身を起こす。
「行こう、もう身を隠すのは無理だろう。逃げるしかない」
「傭兵、お前の剣でも無理か」
ウェルギリウスの初めての弱音に、キーエンスは苦笑する。
ここで吐くとは、詰めが甘い。
「試すのは最後まで取っておこう。急げ、きっと仲間が迎えに来ている」
大丈夫だ、とただの予感に確信を持ち、キーエンスはフリではなく笑みを刻む。神経がよく冴えている。飛び来る黒い槍の軌跡も、読めるほどに。
ぐん、とウェルギリウスを引き寄せ、その軌道を避ける。
「まだ来るぞ」
確信のままに言葉にすると、ウェルギリウスは顔を強張らせた。
「急げ。どうにかする」
ゴロワースともつれ合うようにして、ウェルギリウスは走り続けた。かつて遠出から帰ってきた時に見たはずの東門は遠く、遙か先かと思われた。
どん、とキーエンスに突き飛ばされ、道端に転がる事、数度。そのたびに精気を失い枯れていく道端の草木に、恐れより哀しみが募る。
これほどの魔道を使うほど、私が邪魔か。
どど、と地面が揺れる事にも気づかず、ただ再び駆ける事のみに意識を集中させていた。
もう疲労のあまり痛んだ足は、棒のようで感覚がない。だがゴロワースを抱える重みはわかった。岩のようだった。
それを落とす事だけはしたくなかった。王である重責よりも、この岩を抱え続ける事の方が大切で重かった。
「王!」
聞き慣れた近衛隊長の声に僅かに滲む恐れを感じ、ようやく振り仰ぐ。
背後を守っていた傭兵がいない。
「!」
ばさり、とマントを翻し、小柄で泥まみれの傭兵が空を舞う。
気合いと共に、いくつも降り注ぐ黒い矢へ向かって細剣を振る。それらはすべて、こちらを向いていたのに。
逃げてしまえば、助かる事が出来るというのに。
ぱりん、といくつもの弾ける音とともに、泥まみれの傭兵が地面に叩きつけられた。
「対魔の陣!王にかすり傷ひとつつけさせるな!」
怒号が響き渡り、近衛兵達が対魔の盾を組み王を囲む。
「ビブラクト!あの者も助けてくれ!あの傭兵も------」
「ご無事ですかウェルギリウス様!」
鎧を着けた馬より巨体が降りてくる。どすり、と地響きと共に鎧の擦れ遭う音が聞こえた。




