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巨体の男は頷き、両手で顔を覆う。
「ようやく即位にこぎ着けたというのに…若の身になにかあれば…」
「対魔の護符には限りがある。私の私兵も動いているが、やはり魔道師どもに邪魔をされる。忌々しい事だ」
青年貴族は密室の隅々に置かれている護符を一瞥する。ここはヤツらも嗅ぎつけられない。現王の擁護派にはほとんど魔道師がいないからだ。
敵対している王の従姉妹が、魔道師の家系だからだった。
「------なあ」
突然少年の声が降る。巨体の男は腰から大振りの剣を抜き、青年貴族もまた両刃の剣に手をかける。
「王様の居場所教えるからよ、さっさと助けに行ってくれよ」
とん、と身軽に卓へ飛び込む小柄な少年が言った。その美しい髪に、侍従長の男は息を呑む。
見たこともない、薄い金の髪。
ひらりと身軽に飛び、振り下ろされた大剣を避ける。
「正気か、おっさん。こんな狭い部屋ででかい剣振り回すなよ、あぶねぇ」
ふ、と唇をすぼめて軽く息を吐く。細い煌めきが巨体の男に突き刺さる。
「話聞いてたか?あんたらの大事な王様が、近くまで来てるらしいぜ。早く迎えに行けよ。アブねえみてぇだぞ」
「…お前、何者だ」
青年貴族は秀麗な顔を不審気にゆがめ、腰の剣に手を当てたまま誰何する。
「おれ?フリントってんだ。ヴァッススだよ」
なに、と青年貴族は怪訝に呟く。
「なぜ舞姫の護衛が王の居場所を知るのだ」
「ああ?細けぇ事にうるせえヤツらだなぁ。早く助けに行けばいいのによ。…面倒くせーから、オレ等で迎えにいくか、アグリル」
ばん、と音をたて、フリントの声に応えるようにして長身の男がふたり、入室してきた。
ち、と青年貴族は舌打ちする。護符が破られた、魔道師達に聞かれてしまう。
「見れば近衛の者もいる様子。彼らに動いて貰った方が、早いだろう」
ぱきり、と音をたてイズニークは生けてあった花を手折る。それをばらまき、風に乗せた。
「これに着いていけば王の元まで案内する。さっさと行け」
「信じると思うのか」
赤銅色の瞳を煌めかせ、眼布の男を睨む。
「信じずに後悔するのは愚かだな」
「行こうギローシュ!私兵を集めるよ!」
「が・が・が・・・」
巨体の男が呻く。
「おおすげー、熊でも静止のツボでは動けなくなるのに、コイツちょっと動けてるぜー」
フリントは笑い、でも身体に悪いからな、と添えて針を抜いてやる。途端、巨体の男は叫んだ。
「近衛隊も動かす!行くぞギローシュ!」
「隊長!」
バタバタと駆け寄る数人のの近衛隊に、イズニークは眠らすことなく道を空けた。
「東の塔で動きが!」
「屋上で方陣を組んでおります!」
なに、と隊長と呼ばれた巨体の男が気色ばむ。
「王の許しもなく城内で魔道を執り行うとは・・・!ただちに止めさせよ」
「すでに動いておりますが、魔道で封鎖されており、とても近づけません」
「どうせろくでもないことを企んでいるのだろう。東の門より出る。銅鑼を鳴らせ!」
近衛隊達は短く礼をし、足早に駆け出す。それを追うように青年貴族らが駆け出す。
「やれやれ、大騒ぎだな」
フリントの頭を小突き、アグリルはため息をつく。
「急に動くな、危ないだろう」
「急いでたんだろ?」
目立つ顔立ちを隠すためにはめていたゴーグルを額へ押し上げ、アグリルを上目に見る。そして、なおも苛立つ気配を纏う楽師へと視線を移した。
「なあ、あんた散々暴れただろ?ばれる前に部屋へ行こうぜ。噂の舞姫のツレが、殺気振りまいて近づく奴らみんな眠らせるなんて知られたら、面倒だ」
む、とフリントの言葉にイズニークは不機嫌に顔をしかめたが、しぶしぶ踵を返し、客室へと向かった。




