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「森の奥だ。移動している。王の護衛をしているらしい」
なに、とアグリルもまた不快げに眉を寄せる。
「おいフリント、どういう事だ」
「なんか密談はしてたぜ?でもあいつら賢いからよ、固有名詞つかわねえんだもん。そっか、王がいなくなってたのか」
黒ずくめのヴァッススの衣装を身につけ、淡い金の髪を手入れもせずに伸ばしほうだいにした少年が、気配もなく応えた。
「王は何者かに狙われている。彼を守る派閥と連絡を取らねば」
「まだ見つけてねえのか、そいつらは」
イズニークはアグリルに頷いてみせる。
「彼女が、王とその侍従を守っている」
「面倒なことになったな…、王擁護派なんて、どうやって見つけりゃいいんだ。間違ったら嬢さんまで危ない目にあっちまう」
苛立つふたりを見上げ、フリントはため息をつく。
「マジかよ、アグリルまでキーエンスに惚れたのか。やれやれだな」
「はあ?」
アグリルはとんでもない、とフリントを見下ろし、慌てて殺気を放つ楽師を見返す。
「違う、勘違いするな」
「落ちつけよ、わかんねえのか?さっきの兄ちゃん、ありゃ王のツレだ
ろ?アグリルの剣幕にキョドってたけど、王の事話す時は下心なかったぜ?」
わかんねえのかな?とぼさぼさの淡い金髪をかき回し、ため息をつく。
「まぁいいや。さっきの兄ちゃん、多分またいつもの密談部屋に行くだろうから、行ってくるわ」
ひらり、と身軽にテラスへ飛び出し、フリントは消えた。
「おい!そりゃどこだよ!」
叫ぶアグリルに応えるように、イズニークの銀髪が風もなくゆらめく。精霊を使役しているのだ
「行くぞ」
手も使わずに客間の扉を押し開き、警備と称した見張りの衛兵を問答無用でひっくり返す。滑るように廊下を進むイズニークを追いながら、倒れた衛兵から寝息が聞こえ、アグリルはホッと胸をなで下ろした。
公演先で面倒は起こさないでくれと切に願うが、今となっては死人だけは出さないでくれ、と願った方がいいかも知れない。
初めての城だというのに、盲目の楽師は滑るように廊下を歩く。行く先々で出会う不幸な者達は、誰何する間も与えずにばたばたと眠りに落ちていく。
「…流石だよ、兄さん」
かつてヤマが即位仕立ての頃、隣国の王子が彼の元へ身を寄せた。その頃王位継承権を巡りシールムは落ち着かなかった。そんなものにヤマが巻き込まれては面倒、とばかりに側近達はシールムの王子を追い返すべくあらゆる手を打った。
だが彼はそのすべてを巧妙に叩き返し、今では自室をも王の居室傍に持つようになっている。
冷ややかな視線が眼布を通して送られた。
「…誤解だ。俺はヤマの代理だ。そういう立場で、嬢さんを気遣ってる。それだけだ」
ぴくり、とイズニークの怜悧な表情が不快気にひきつる。
「では、ヤマ国でならば、どうする」
「どうもしねえよ。前と同じだ」
どうだか、と疑わしげな目が、眼布の向こうにあるのは気づいていたが、もうアグリルは応える気はなかった。
フリント曰く密会部屋では、彼の予想道理侍従長の男が冷や汗を拭いながらため息をついていた。
「もう行くのはイヤだ。ヴァッススの噂は聞いていたが、あれほど怖い者とは思わなかった」
「情けないな、舞姫に会えるかもって最初は喜んでいたくせに」
長い足を組み替え、藍色の衣装に身を包んだ青年貴族は赤銅色の瞳を細めた。
「まだ見つからないのかい。影に気づかないなんてどうかしているよ、何をしていたんだ近衛隊長どのは。そんなだから魔道師ギルドに舐められるんだよ」
まったく、と呟き押し黙る巨体の男を小突く。
「ギ・・・お前だって、舞姫だなんだと浮かれていたではないかっ」
名を慌てて伏せ、巨体の男は卓を叩いて束ねられた赤銅色の髪を振る。
「進展はないのか。あいかわらず逃げてきた馬と荷がひとつ、そして砂漠に落ちていた血痕だけなのか」
青年貴族はふざけた物言いを消し、低く問う。




