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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
舞姫、楽師に口づけを落とす。
248/264

10

 しんと静まりかえった辺りに、駆け寄る足音が近づく。


「大丈夫か」


 藪から身を起こすキーエンスを、赤銅色の瞳が見下ろした。


「隠れていろ、まだ------」


 咄嗟に少年王を背に庇い、円陣にいるはずの男達を見た。


「そんな…」


 彼らは倒れ、口から泡を吹いて痙攣している。


「死の詠唱を分けて受けたのだ。即死ではないが…瀕死といったところか」


 ゴロワースは青ざめた顔で一瞥し、キーエンスへと目を移す。


「お前、何者なのだ。死の詠唱を跳ね返すとは------それは」


 キーエンスの手に握られた細剣を見とがめ、目をすがめる。


「古代神語…力ある言葉か…東にそのような物があるとは。神官なのか?」


 僅かに畏敬の念を漂わせ、キーエンスを見つめる。


「まさか。これは…戴いたものなのだ。そうか、細剣が守ってくれたのか」


 嬉しそうに微笑む顔を見下ろし、その造作に気づいたウェルギリウスは息を呑む。

 気づかぬゴロワースは訝しげに首をひねる。


------それだけでは無いと思うが。


 泥まみれの傭兵の周りを、風が囲む。ふわりと衣をはためかせ、泥に汚れた顔をバツが悪そうに歪める。


「心配をかけて済まない。こちらはイルバクの王、ウェルギリウス殿。そしてその侍従、ゴロワース殿。迎えを寄越してもらえないか」


 ふわふわと優しく頬を撫でてから、風の一部が空へと流れる。

 それを見ていたゴロワースは不審気に見下ろしてくる。


「お前、四元魔道を使うのか」


 警戒も露わな声に、キーエンスは小首を傾げる。


「なんだそれは。…今のは友人の友人だ。心配して探してくれていたんだろう。もう大丈夫、すぐに迎えが来る」


「何を言う、こいつ等の仲間がすぐに追ってくる。早くこの場を離れなくては」


 もう呪具はない、と焦燥で顔を曇らせ、ゴロワースは早く立ち上がるようキーエンスを追い立てる。


「あれだけ大がかりな物を、まだ用意してくるかな」


 魔術とは地面を削り、円陣を描き、長時間の詠唱を必要とするらしい。それもひとりやふたりではない。


「…今が好機だと、わかっているのだろう。なりふり構わず、襲ってくると考えた方がいい」


 そうか、とキーエンスは頷き、それ以上無駄口は叩かず、ゴロワースの示す方へと駆けだした。





 

 長く客室で待たされ、衣装も整えたというのに、なかなか王への謁見は許されなかった。待つことに慣れているアグリルは着慣れぬ正装に不満は漏らすが、大人しく客間で侍従長と打ち合わせをしている。


 侍従長といえば、長旅で伏せる舞姫を気遣う言葉を時々交え、ひと目見舞いたいと執拗に迫る。着任祝いの儀についての打ち合わせはそのせいで進まず、聞いていた楽師は室温を下げる程に不機嫌となり、今はテラスに追い出している。


「姫は眠っていらっしゃる。お気持ちだけで」


 礼儀正しく幾度目かの断りの言葉を吐き、いなくて良かった、とテラスに立つ青年を一瞥する。


 侍従長や大臣、そして青年貴族が見舞いを申し入れる度に、彼は機嫌を悪化させていく。


 突風で中庭の木々がなぎ倒されたと騒いでいたが、あれもまた彼の仕業だろう。部屋の調度はまだ避けているようだが、いつまでもつか。


「それで、祝いの儀の進行についてですが」


「いや、それが、なかなか王がご決断を迷っておりまして、その…やはり酒宴の後に踊って頂いてはどうかと、キサ大臣が」


 ぴしり、とアグリルのこめかみに不快さを表す青筋が立つのをみやり、侍従長は慌てて手を振る。


「いやそのわかっておる、酒の席にはつかぬということは。酒の振る舞われる前に踊って頂き、王より言祝ぎの席へお移り頂き…」


「なんです?つまり王のお相手をするように、ということですか」


「あああ、その、王はお若く、その、姫の後見をなさっておられるヤマ王様にことのほか尊敬なさっておいでで、その、お話しを窺いたいのでは、と」


 侍従長はアグリルの剣幕にあたふたと手を振り、落ち着くようにと手布で額に浮いた冷や汗を拭う。

 アグリルは疑わしげに侍従長を見やり、小さくため息をつく。


「…姫に窺っておきましょう。今はこれまで」


 打ち合わせの終わりを告げると、侍従長はホッと息をついた。

 彼がそんなそぶりを時々見せる事に、アグリルは気づいていた。まるで、我々をそれなりに相手をする仕事を終えたような。


 足早に退室する侍従長を見送り、アグリルはテラスへと向かう。

 だが、開こうとした扉はあちらから勢いよく開かれる。


「見つけた」


 眼布に包まれた顔を苛立ちで赤らめ、楽師はアグリルの腕につかみかかる。


「どこだ」


 誰が、などと聞く必要はない。彼がこれほど心を砕くのは、かの王とあの姫だけだ。



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