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「追い立てられたんだ。…砂漠の方が、死体が隠しやすいからだろう」
なるほど、とキーエンスは呟き、まだ成長しきっていない少年を見る。15かそこらだろう、その歳でそんなことを思いつくほど、殺され慣れているのか。
「雇われようか?私はそこそこ役にたつぞ」
キーエンスの言葉に、少年は立ち止まり、赤銅色の瞳を向ける。どこか安堵の色が伺えた。彼もまた、それを考えていたのだろう。
「…だが…その、手持ちがない。…私はあまり、自由になる金銭を持っていないのだ。戻れば、宝飾類が少しあるが」
恥じているのか、小さく呟かれた声に、キーエンスは笑いを堪えた。
これは相当いい家の子息らしい。
「構わんよ」
なんでもいいさ、と笑うと、少年は不審も露わに見つめ返してくる。
まあ、少し遠回りをするが、待っていてくれるだろうさ。
連れの事を思い出し、キーエンスは苦笑する。
「お前、このまま森へ入るつもりか」
「ん?何か不都合が?」
ウェルギリウスはイヤそうに幼さの残る顔をしかめる。
「森には先ほどのヤツらがいるだろう?お前の駱駝があれば、ゴロワースを乗せ城へ向かえる」
ウェルギリウスの言葉に、キーエンスは砂まみれの頬を掻く。
「私が砂漠越えをしたと思うのか」
「ああ。その身なりは泥まみれだが遙か先、砂漠の向こうのシールム国の
衣装だろう?薄い瞳もまたあちらの特徴だ。こちらは赤味の多い目がほとんどだからな」
そのくらいわかるわ、とウェルギリウスはつまらなそうに吐き捨てた。
「まあ、私の砂漠越えについては置いておいて。…城、といったがまさか…イルバクの王子殿か?」
そう言えば西の国の王族は長ったらしい名前だったと思い出す。細かい名までは思い出せないが。
「無礼だな、お前。私の名は即位の際にシールムにも伝達したはずだが」
王だ、と言葉を添える。
「は?」
真抜けた声を漏らすキーエンスを冷ややかに見て、ウェルギリウスは言い募った。
「私が王だ。悪かったな、若くて」
面白くなさそうに言う。それはそうだろう、王の顔も名も知らぬのだから。
「…言葉使い、王族用に変えたほうがいいか?」
「他に言う事はないのか!」
うーん、とキーエンスは唸り、砂漠越えのことか?と問うと、ウェルギリウスは吹き出す。
「おかしな奴だ!いいだろう、そのままで話す事を許す。どうせお前には無理だろうから」
ウェルギリウスは笑い飛ばし、その振動で呻くゴロワースを振り仰いだ。
「大丈夫か」
「…ウェルギリウス様…」
ゴロワースは唸り、身をもだえる。どうやら、ウェルギリウスの背にいることで驚いたらしい。
「よい、このまま。そなたひとりくらい、私でも運べる」
「ですが」
「よいのだ」
ゴロワースは腕と背の痛みに顔をゆがめ、それ以上の問答はできなかった。ただ、咎めるようにキーエンスを睨む。どうやら王に背負わせた事をキーエンスのせいにしているらしい。実際そうだが。
やがて森へと入り、ゴロワースを降ろす。
「水は持っているか?痛み止めを飲ませたいが」
取り出した小さな丸薬に、ウェルギリウスは顔をしかめる。
「また妖しげなものを。水もないのに、どうやって砂漠を越えたのだ?駱駝もいないのだろう?」
ウェルギリウスの指摘に、キーエンスは泥まみれの頬を掻く。
「まあいろいろ。ないなら探してくるよ」
「まて!」
ウェルギリウスの声に宿る怯えを覚り、キーエンスは安心させるように薄青の瞳を細めて肩越しに手を振る。
「破落戸どもの気配はないよ。馬を連れて逃げたんんだろう、馬の気配もないからな、すぐ戻るよ」
泥まみれの衣を翻し、小柄な傭兵の姿が森の奥へと消える。動くたびにばらばらと砂の固まりを落とす、あまりに汚れた傭兵は、いなくなるとなぜかとても心細い。あの見事な剣技を見た製だろうか。
「ウェルギリウス様…あの者を頼るのですか」
「…今は。またあのような破落戸が来ては、お前でもどうしようもないだろう?腕も、使えぬのだし」
「利き腕は無事です!少し休めば、陣を描けます」
「詠唱を保てるほど体力はないだろう。無理はさせられぬ。…歩けば1日ほどだ、あ奴を護衛に、徒で戻ろう」
「申し訳、ありません」
足手まといになるのはわかっていた。だが、置いていってくれとたのんでも、主君が受け入れぬ事もわかっていた。
「馬鹿だな、ゴロワース。そう言うときは礼を言うものだぞ」
「はい…、ありがとうございます」
ウェルギリウスは笑い、労るようにゴロワースの傍に寄り添う。やがて喉の渇きを覚え、疲れから来る焦燥を感じた頃、泥まみれの傭兵が戻ってきた。
その手には抱えきれないほどの木の枝と、見覚えのある荷が一つ。
「それは!」
逃げながら捨てた荷だった。




