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「キィ!?」
クレイモアは血相を変えて立ち上がる。
「すぐに薬師を!イズク、部屋へ運ぶのだ」
「はい」
抱き上げた身体は、まだ濡れた衣装を着たままだった。
宣誓の緊張で配慮が足りなかった事を悔やみつつ、イズニークは上着をかけて抱き上げる。
腕の中の身体は、先ほどまでこの広い天樹の間を飛び跳ねていたとは思えないほど華奢で、力を込めれば折れてしまいそうだった。
「疲れが出たのでしょう」
器具を片付け、安心させるようにクレイモアを見つめ、薬師の青年は頷いた。
「風邪ですね。肺は問題ありません。熱が高いようですから、水分を充分に摂るようにしてください」
薬をいくつか出し、女達に説明すると、薬師は忙しげに帰っていった。
クレイモアは眠るキーエンスの傍を離れず、女達を困らせた。
「師匠、私が代わりに見ていましょう。なにかあれば、すぐにお知らせしますから」
見かねたイズニークが申し出ると、ようやく立ち上がる。
「…我のアニュス・ディは、風邪の後…肺を患い、失った。------頼んだぞ」
年老いてもなお美しい立ち姿の師匠を見上げ、イズニークは頷いた。
夜が更け、月光が室内を照らす頃、うっすらと淡い青の瞳が開いた。
「イズニーク…様?」
「気が付いたかい?何か、口にできるかな…」
女達が用意してくれたスープや果汁の入ったグラスを手に取る。
「私、倒れたんですね…」
ぼんやりとしたまま、ゆっくりと身を起こす。
「お祖父様は?心配を…かけてしまいました。お祖母様は、肺を患って亡くなったのに…」
「何か口にしよう。薬を飲んで、早く元気になることだよ」
キーエンスは素直にグラスを受け取り、ゆっくりと飲み干す。そして、大人しく薬も飲んだ。
こくり、と喉を鳴らし、濡れた唇を拭く仕草を、イズニークが見つめていることに気づき、キーエンスはようやく不思議に思う。
「なぜ…イズニーク様がここに?」
久しぶりに見る明るい緑の瞳に、どきりとしながら問うと、柔らかく細められた。
「大切な舞姫が倒れたのだから、お世話をするのは当然だよ」
熱のせいなのかなんなのか、ふわりと身体が熱を帯びる。
「からかわないでください」
戸惑う様子をもじっと見つめられ、益々熱が上がる。
「…師匠はご自分でついていたい様だったけれど、お歳だから無理はさせられない。だから私が付きそう事で、お休みいただいたんだよ」
グラスを片付けながら、穏やかに微笑む。
なぜかほっとして、キーエンスは寝具に身を預けた。泥のような眠気が覆い被さる。
「ゆっくりお休み------私の舞姫」
優しく細められた明るい碧の瞳。それをぼんやりと見つめ、ゆっくりと瞳を閉じる。
------綺麗な…碧。
ずっと見ていたいと思ったが、眠気には勝てず、眠りに落ちた。
穏やかな寝息を聞きながら、イズニークは満足げに微笑み、飽きることなく寝顔を見つめていた。
地響きと砂煙と共に、シールム国首都へ、鎧を付けた軍馬とそれに跨る武人が向かっていた。その数、およそ百。
中央には紅の正装をした王の姿。
「おや、今回は王もいらっしゃるんだね」
一軍を見送る民衆が口々に噂をする。
「審査前に出立したんだねぇ、こんなに早くヴァッススを派遣するなんて」
シールム国技芸ギルドにて審査を通った舞姫・歌姫達は、ヤマ国よりヴァッススを数名雇うことができる。後援者の懐具合により、その数は増減する。
やがて首都へとたどり着いた一行は、セリーニ宮殿傍にテントを張り野営地を作る。だが、作り終える前に、紅の正装をした男が、単騎で飛び出した。それを追うヴァッススがひとり。
「待てヤマ!どこ行く気だ!正門はそっちじゃねー」
武王に追いつくことの出来るヴァッススは彼しかいない。
「正門など行く気はない。いつまでたってもキースのもとへ行けぬ」
武王は身を低くして馬足を速める。
どうせアグリルならば着いてこれるとわかっていた。
王城を守る衛兵が駆けつける手前で馬を止める。身軽に飛び降りたアグリルが武装を解き、近づいた。
「申し訳ない。こちらはヤマ国が王。無礼を承知で頼みたいのだが。」
審査に通ったばかりの舞姫の元へ連れて行って欲しい、とは言えない。
「イズニーク王子に目通りを」




