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ラルキーズは深紅の瞳を猫のように細め、機嫌良く側近の案内についていった。
案内された部屋では、泣いている少女を数人の男女が囲っていた。ハンカチや飲み物をさしだし、優しく話を聞いている。
室内の死角に用意された席へ座り、ラルキーズは慣れた様子で室内の話に耳を傾けた。
「あの歌い手…たいして上手くもないのに、もう歌姫気取りなの」
「気に入らないわ」
部屋の中央で泣きながらまくし立てる異民族の少女から、嫉妬・ねたみ・そねみの感情があふれ出ている。
深紅の瞳を細め、ラルキーズは炭を固めた棒を取りだし、用意された紙面へと書き出す。
サラサラと音符を書き続けながら、ちらりと側近の男を見上げる。
「もういいよ、夏の間から連れてくるのは。この程度の感情なら、大した糧にならない」
ぱさり、と書き終えた紙を投げ与え、更に他の空いている紙に書いていく。
「------もっといい感情をくれる相手が来たからね」
怨嗟の声を聞きながら、ラルキーズは実に愉しげに微笑んだ。
はやる心音と同時に痛む頭を押さえ、イズニークはイライラと頬にかかる銀髪をかき上げた。
「よろしければ…お結いいたしましょうか」
侍女の声に、彼らしくもなく不機嫌な表情のままかぶりをふる。
「いい。出ていってくれないか」
ねっとりとまとわりつくような視線が、今は嫌悪で吐きそうになる。いつもならば我慢できるのに。
------この頭痛のせいだろう。
そう思いたかった。
ルナリア風のドレスに身を包んだ彼女は、匂い立つように美しかった。
傍らに立つ親友もまた、自分と同じく、何者も近寄らせたくないと思っているのがわかった。
できることならば、自分の腕の中でだけ、花咲いて欲しいと願っていた。
「くそ…」
イズニークは呟き、どうしても振り払えない光景をかき消すように、ため息をついた。
------頭が痛い…。
彼女は今も、親友の腕の中にいるのだろうか。
ふと、キーエンスは顔を上げ、空を見上げた。
「また…音色」
単調に繰り返す音が、微かに聞こえる。
通り過ぎる人々は気がついていないらしい。
ふわり、と頬を撫でる涼しげな風に乗って、再び音色が耳へ届いた。
------陽が高い。
まだ日暮れまでには時間がありそうだった。
昨夜行った丘を目指し、キーエンスは踵を返した。
老いた男は昨日とは違い、岩の下で楽器をつま弾いていた。被った布のせいで表情は見えないが、キーエンスが近づくと手を止め、わずかに振り向く。
「お邪魔しても?」
男は応えず、ただ静かに楽器を鳴らす。
けして大きな音ではないのに、なぜか耳に残る。不思議な音だった。
キーエンスは邪魔にならぬよう少し離れた所に座り、遠く見える砂漠を眺めた。
「…なにをしに、シールムへ来た」
掠れた声が、問うてきた。
「砂漠を見に」
キーエンスは笑い混じりに言うが、男はつまらなそうに息をついた。嘘だと、見抜かれたらしい。
「------本当は、追われるままに、逃げてきたのです」
かさり、と懐に仕舞った書類が音をたてる。
ギルドにて舞姫の称号を手に入れれば、一国の王にすら傅かずに済むようになる。
アルカイオスが無理な事を要求してきても、拒むことができる。
ふ、と微かに息をつき、心を静める。それはバンキムと同じクセだった。
------そうだ…、早く、書類を提出しなくてはな。
けれど今はただ、眼前に広がる砂の海を眺めていたかった。
「シールムにいる、知り合い…の、ところにか?」
重ねて問われ、キーエンスは男を見上げる。
「いいえ。シールムに知り合いは------」
いない、と言いかけ、思い出す。
「あ。…忘れてた…」
バンキムに手紙で言われていた事を思い出す。
------じいさんには伝えておく。
つまり、祖父へ会いに行けと言うことだ。
まずい、とつぶやき慌てて立ち上がる。
「昨日、毒虫とやらを見ました。とても多い様ですね、どうか貴方もお気
をつけて」
慌ただしく去るのを申し訳なく思いながら一礼し、踵を返す。
「待て」
不機嫌な声が、呼び止めた。
振り返ると、男が立ち上がり、キーエンスを見ていた。
「ついてこい」
尊大に言い、軽く手を扇ぐ。
昨日のように、丘を降りるまで手助けしてほしいのだろうかと思い、キーエンスは駆け寄って手を差し出した。
「違う」
ぺしり、と軽く手を払われる。
「バンキムからの手紙は、随分前に届いていたが?」
淡々と言われた事を理解するまで、キーエンスは数拍ぼんやりしてしまう。
「------クレイモア…お祖父様!?」
「うるさい。さっさと来い」




