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カメリアの居室では、イライラと気の立った部屋の主が、室内を歩き回っていた。
「お呼びですか、姫」
音もなく静かに来室したキーエンスに気づき、カメリアは強張った表情のまま詰め寄ってきた。
「遅いわよ!」
鬼のような形相でキーエンスの腕を掴む。
「時間が足りないじゃないっ」
エリエのばか!とカメリアは悪態をつき、キーエンスを奥の部屋へと連れて行く。向かう先に気づき、キーエンスは焦る。
「カメリア様、そこはっ」
「お黙りっ!」
ばん、と開け放ってあった扉を閉め切ると、カメリアはようやくキーエンスの腕を放した。だが、断りもなく上着を脱がせにかかる。
「な・何をするんですか!」
さすがにまずいと必死で抵抗するが、キーエンスの腕力より、カメリアの方が数段上回った。
「お前が女だってことくらい、最初に会った時からわかってるのよ。いいからさっさと脱ぎなさい!わたくしの侍女がそんなしみったれた侍従服を着ているだなんて許せないわ!」
驚き、息をのんだキーエンスは、わずかな隙をつきカメリアより身を離す。扉は施錠されてしまったので、仕方なく壁一面に嵌め込まれた鏡に背を預けた。
「侍女って、どういう事です?」
脱がされかけた侍従服は、カメリアの手によって所々縫い合わせ目から破れていた。これでは、着直すこともできない。
「ウメが腰を痛めたのよ。いつものことだけれど、よりにもよって宴の日に。お前は気が利くし、どうせ宴には出ないのでしょう?」
見合いの席に、気になる娘を伴う訳がない。
「ですが、私は…」
宴の席には、各国からの賓客も訪れるだろう。キダータの者が、いないはずがない。
渋るキーエンスに、カメリアは薄青の大輪の花が刺繍された布を被せる。
「お前がルナリアでお尋ね者だった事は知ってるわ。それで顔を隠せばいいでしょう。どうせわたくしは歩き回れないもの。付きそうお前も、わたくしの傍でただ立っていればいいのよ」
カメリアは身分が高すぎるため、賓客達のもとへ挨拶に行くことはしない。逆に挨拶に来る者達が彼女に用意された席へ行列をつくるのだ。
侍女はただ、傍らに立っていればいいのだ。
なおも逡巡するキーエンスを追い立てるかのように、カメリアが詰め寄った。
「さあ、わたくしに脱がされたくないのなら、さっさと着替えるのよ!」
ぐい、と再び上着に手をかけると、布の裂ける嫌な音が響いた。もう、繕っても再び着ることはできないだろう。
「わ…わかりました」
不安に顔を曇らせながら、仕方なく着替え始めるキーエンスを、カメリアはほっとして見下ろした。
用意されていたドレスは、ヤマ風ではなく、ルナリア風だった。いぶかしく思い、化粧をしているカメリアを振り返ると、彼女もまたルナリア風の深紅のドレスへと着替えていた。
彼女に付きそう侍女なのだから、揃えたのだろうと納得したが、どうにも、嫌な予感がぬぐえない。
慣れた様子で侍従の衣から、ルナリア式衣装に着替えるキーエンスを鏡越しに見やり、カメリアは内心舌を巻く。
------市井出の見目よい娘…という訳ではないわね。…剣の腕といい、作法といい…
ヤマとルナリアでは作法の違いがかなりある。しかし、ルナリアから来たばかりのこの小娘は、礼儀・食事・着付けや言葉に至るまで、不便に感じているとは思えない。
ルナリアのドレスですらあっさりと着こなしている。カメリア自身は慣れぬ衣に息苦しさを感じているというのに。
「ちょっと、わたくしの侍女がそんな冴えない顔をしていては見劣りするわ!お座りなさい」
化粧をする様子もなくベールを手に取ったキーエンスを引き寄せ、化粧台へ座らせる。
驚きや、緊張が無かったわけではない。けれど、目の前のヤマ族とは違う容姿の娘を飾ることが、とても愉しく、カメリアはつい我を忘れて化粧
を念入りに施した。
彼女がもともと持つ透明感のある美しさを損なわぬよう、優しげな眼差しが引き立つように。
夢中で化粧筆を動かすカメリアを、鏡越しに見つめていたキーエンスは、ようやく筆が置かれてほっと息をついた。
自分でする化粧とは違い、幾分大人っぽい仕上がりに、微笑む。
「ありがとうございました」
「ベールで隠すのが、勿体ないわね」
ため息混じりに、鏡の中の少女を見る。
輝く金の髪は柔らかく波打ち、陶器のようになめらかで白い肌は透き通るよう。なにより、その瞳は優しげながらも理知的な輝きをたたえている。
その言葉から逃げるようにキーエンスはカメリアの化粧道具を見回した。どれも小さく可愛らしい花の細工が施されている。
「…カメリア様は、愛らしい物がお好きなのですね」
立ち上がろうとすると、カメリアは肩に手を置き、とどめた。そして髪を梳き出す




