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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
カダールの姫、現る。
201/264

23

「お願いよ、エリエ」


 言わせたかった言葉を口にすることさえ厭わず、カメリアは扇を下げてエリエを見上げる。


「…危険はないのか」


 心配気なエリエの低い呟きに、思わず口元を緩ませ、カメリアは柔らかに微笑んだ。


「ないわ。…だれも手出ししないで。わたくしが、仕掛けるわ」


 言葉だけでは安心しようとしないエリエを見上げ、カメリアは笑みを深める。それでも、エリエは硬い顔をゆるめようとはしなかった。


 インカーム大臣主催の宴の日が近づくにつれ、城内は慌ただしさを増していった。ヴァッスス達は警備の演習が増え、出入りの商人や職人の数もまた、増えていった。


 ヤマは不機嫌に溜まっている懸案を処理していったが、日に日に深まる眉間の皺は留まることを知らず、キーエンスの煎れた茶を飲む時だけ、わずかに緩むのだった。


「見合いなど、初めてではないだろうに」


 あまりの不機嫌さに、イズニークが呆れてそう言うと、ヤマはむすりとした顔を向ける。


「…西には行きたい」


 情勢の不安定な国。今後どのように流れていくのかこの眼で見極めたい。


「どういう意味だい?」


 不機嫌なヤマに、こうも次々と問いつめられるのは、親友であるイズニークだけだろう。ヤマは不機嫌ながらも、イズニークには八つ当たりする

こともなく、応える。


「カメリアに言われたのだ。側女でもよいから見繕えと。そうでなくば、西に行く事は許さぬとな」


 さすが、とイズニークはため息混じりに呟く。先王の娘であるカメリアは、ヤマの気性をよくわかっている。


「なるほどね…、それは困った事だ」


 ただひとりと決めた女が居る以上、本気でもない女など、見向く気になどなれぬだろう。ましてや、彼女がすぐ傍にいるのだから。


 ふむ、とイズニークは思案し、軽く楽器をつま弾いた。


 なんとはなしに、静かに控えるキーエンスを見ることが出来ない。そのまま、ただ思いついた事を言葉にした。


「皆の前で、彼女に申し込んではどうかな」


 思ったより、なぜか口が重い。けれど、ヤマに届く声量は出た。


「!」


 ぐふ、とヤマは口に含んだ茶を吹き出しかけ、慌てて呑み込んだ。


「イズクっ何を言う」


「…無理かい」


 それが一番いいと思ったんだけれどね。と、肩をすくめる。


 キーエンスの身分を明かすことはせず、ただ交際を申し込めばいいのだ。女をひとり選んだのだから、西に行くことは許されるだろう。

 彼女の返答はどちらなのか、わからないけれど。


------知りたいような、気もする。


 早すぎるだろうとは、思うが。


「まだ、早すぎる」


 らしくもなくわずかに顔を赤らめ、ヤマは結われた髪をかきむしった。


 出来ることならば、今すぐにでも自分の傍らに居て欲しいと言い寄りたい。けれど、それが性急過ぎることはわかっている。


「君は優れた武人の割に、冷静だよね」


 もっとこう、血気盛んな感じはできないのかな。気持ちのはやるままに、行動するとか。


「…けしかけるのは、よせ」


 バレたか、とイズニークは笑い、立ち上がる。ヤマが問うように見上げてきた。


「君はそろそろ用意しなくてはね。主賓なのだから」


 不機嫌なヤマが逃げ出さないよう、侍従達が扉に立ち、ヤマと友の会話が終わるのを見守っていた。


 ヤマは渋面を深め、頷く。


「わかった」


 ひらりと軽く手を振り、イズニークは流れるような仕草で部屋を出ていった。


「では私もお暇いたします」


「…うむ」


 なにか言いたげにキーエンスを見つめるが、結局なにも言うことが出来ず、金の髪が揺れるのを見送った。


 部屋を出たキーエンスは、自室へ戻ろうと歩を進めた。けれど、向けられた殺気に身を翻す。


「…気配にすら、反応できるのか。ヴァッスス以上かもな」


 面白くもなさそうに呟いたのは、長身を柱に預け、キーエンスを見下ろすエリエだった。


 下げられた細剣に手を添えるのみで抜いてはいなかったキーエンスは、試すために殺気を放ったのだと気づき、苦々しく思う。


 本気ではない気配に、反応してしまうとは…我ながら情けない。


「本気だぞ、俺は」


 冷ややかに見下ろし、エリエは呟く。


「ヤマとカメリアに害があると判断すれば、全力で排除する。…覚えておけ」


「…私の存在は、けして益にはならないだろう。早めに出ていくよ」


 この宴ににぎわう隙に、出国しようか。


------ヤマ様は、気分を害するかもしれないが。


 エリエの脇を通り過ぎようとすると、彼は軽く腕を上げ、進路を遮った。


「カメリアが呼んでいる。…今言った事を、忘れるな」


 そう言い残し、エリエはさっさと廊下の先へと姿を消した。


 キーエンスはため息をつき、仕方なく今では慣れた、カメリアの居住区へと向かう廊下を進んだ。


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