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夕刻、登城しないキーエンスを探しにドリーシュ家まで行った衛兵からは、驚くべき事実が伝えられた。
ドリーシュ家は無人である、と。
綺麗に掛け布をかぶせられた家具と、かたづけられた室内を、窓より覗いて戻ってきた。 ドリーシュ家令嬢がいる様子がなかった、と。
当主夫人であるシーリーンの許しを得てから屋敷内に入り、無人であることを確認した。
それまでいたはずの数少ない家人すら、いなくなっていたのだ。
シーリーンは報告を聞き、倒れた。
しかしすでに返礼の宴を用意し始めていたので、花嫁のいないまま行うしかなかった。
居並ぶ諸侯はみなよそよそしく、目を合わせない。
大臣達もどこか気もそぞろで、はやく宴が終わればいいと思っているのは目に見えた。
だから急すぎると言ったのだ。
求婚が受け入れられたのはこの上ない喜びだが、それでも数日滞在して、姫の気持ちを解きほぐしたかった。
間違いである何かをみつけ、嫁いでもいいと思わせるようにしたかった。それから返礼の宴を開くべきなのに。
ヤマ王は苛立たしげに葡萄酒の入った杯をあおり、王を見やる。
傍らに王妃が控えているが、それ以外に王族の姿がない。
「我が花嫁はどちらかな?…よもや婚姻を拒んでいるのではあるまいな。で、あれば、我は無理強いせぬが」
「姫は具合がよろしくないのです」
慌てたように、大臣の一人が言う。
「そう…伏せっておられるそうです。けして拒んでなどおりませぬ」
頷き、別の大臣が付け足す。
「では見舞いに参ろう」
子を身ごもり、流産した噂は聞いていた。あながち大臣達の言うことも嘘ではないのだろうが、直接会って確かめたい。
気分を害したのでなければよいが。
立ち上がり、ヤマ王は宴の席を離れる。
「お待ち下さい!」
「お待ちを!ヤマ王!」
大臣達が追ってくるのを無視して、ヤマ王は部屋を出る。
「王族の居室はどちらだ」
料理を運んできた侍女に問うと、一瞬奥を見やり、応えられぬと首を振った。
「充分だ」
侍女の見た方向へと歩を進める。頑健な衛兵達が行く手を阻もうかと逡巡していたが、ヤマ王の気迫に押されて動けなかった。
「ヤマ王、こちらへ」
柱の影より声が掛けられた。
「アルカイオス王子?」
アルカイオスはヤマ王へ軽く頷き、庭へと導いた。
「こちらへ。エレンテレケイアに会わせましょう」
「なにを企んでおる?」
「なにも。ただ事実を、王にお見せしたいのですよ」
そう言い捨て、アルカイオスは振り向きもせずにかけだした。ヤマ王も後に続く。




