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ほぅ、と熱を孕んだ息をつき、寝台に横たわる幼い王女は、傍らに立つ少女を見上げた。
「3ヶ月に一度の御領主様達との会食…楽しみにしていたのだけれど、仕方ないわ」
「春とはいえ、昨夜は冷え込みました。エレンテレケイア様、ご無理はなさらないでくださいまし」
横たわる少女は、苦笑して傍らの少女を軽く睨む。
「生まれた時から一緒だというのに…いつまでも他人行儀ね、キーエンス」
白く華奢な手を伸ばし、キーエンスの顔を覆う仮面を取ろうとする。
「いけません。ナナイは仮面を付けるのが決まりなのです」
「構わないじゃない、他に誰もいないもの」
「エディ!」
取り上げられた仮面を追うように手を伸ばすが、エレンテレケイアに乱暴なこともできず、キーエンスは諦めて手を降ろす。
くすくすと、鈴を転がすかのような明るい笑い声をたて、エレンテレケイアは樹脂を固めた作られた仮面をもてあそぶ。
「そうそう、他人行儀な呼び方などしないでちょうだい、キース?いつもエディと呼んで欲しいわ。あなたはわたくしの妹のようなものなのだから」
困ったように見下ろす水色の瞳を見返し、エレンテレケイアは微笑む。鏡に映したかのようなその顔。寝台に伏せるエレンテレケイアに似せたためか、化粧は控えめにしてある。
「髪の色で随分悩んでいたようだけど、そっくりにみえるわ。どうやったの?」
手を伸ばし、キーエンスの淡い金の髪を指に絡める。髪はわずかにぱさつき、滑りが悪い。
「まさか、薬で色を落としたの?」
キーエンスは応えず、エレンテレケイアの手から仮面を抜き取った。
「だから髪が痛んでしまったのね!もう!とても艶のある金の髪だったのに…見た目を淡い色にしたいなら、今まで通り粉を振りかければいいのに」
「粉は触れれば落ちてしまいます」
仮面をつけ、キーエンスはしまった、と滑る口を閉じたが、遅い。
「あら。髪に触れるのを許すような相手がいるの?キース」
うふふふ、と羽毛の入った寝具を抱き寄せ、エレンテレケイアは笑い続ける。
なにか誤魔化さなくては、と思うものの、うまく口がまわらない。
「お兄様ったら、手が早いのねぇ」
一瞬でキーエンスの耳が赤く染まるのを見て、エレンテレケイアは寝具に顔を埋めて笑う。
「仮面を付けていてもわかるわよキース、あなたったら真っ赤よ」
キーエンスが慌てて両手で両耳を隠すが、エレンテレケイアは追い打ちをかける。
「首も」
「し・失礼します」
さすがに隠しきれないので、キーエンスは急いで退室の礼をして、ドアへと駆け寄る。
ココン、と軽くノックの音が響いた。
「は、はい」
動揺を隠しながらキーエンスがドアを開くと、同じような仮面を付けた少年が立っている。
「兄上…」
「時間だキース」
「はい」
するり、とドアの影から腕が伸び、キーエンスの仮面を取る。
「顔が赤いね。エディの風邪がうつったかな」
仮面を取ったのは、兄によく似た背丈の少年だった。エレンテレケイアと同じ淡い金の髪に、深い青の瞳をしていた。
「アーシュ、あとはいい。エディについてやってくれ」
「畏まりました」
アーシュと呼ばれた少年---アシュトンは、一礼してエレンテレケイアの部屋へと入って行く。それを見送り、仮面を手にした少年は、キーエンスの額に手を当てる。
「うん、大丈夫そうだね」
「アルカイオス様…」
ますます顔を赤らめ、少年から離れようとするキーエンスの手をそっと掴み引き寄せる。
「イオ、と呼ぶように。…何度も言っただろう?」
耳元にそっと囁く。
恥じらい、俯くキーエンスを愛おしげに見下ろし、アルカイオスは身を離す。
「今はこれまで。---では行こうか、妹姫」
アルカイオスの言葉に応えるかのように、キーエンスから恥じらう表情が消え、輝く水色の瞳で見返してきた。
にっこり、とエレンテレケイアそっくりに笑い、アルカイオスの差し出した腕に軽く手を添える。
「はい、お兄様」
王族の身代わりとして公に出る---それがナナイと呼ばれる者達の勤めだった。