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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
カダールの姫、現る。
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17

 力ずくで妃にすることは出来る。けれど、なによりも気に入っている彼女の心を踏みにじる事はしたくない。


 不意に、ざわめく気配が部屋へと近づいてきた。


 二人は同時に気づき、キーエンスは顔を動かさずに視線を部屋の入り口へと向ける。


「騒がしいな」


 不快気にヤマが呟くと同時に、人が倒れるような物音が響く。


 ふわりと風が吹くのをヤマが感じた時、金の髪を靡かせ、侍従姿の少女が背を向け護るかのように入り口を見据えるのに気づいた。


------我を護ろうとする者など、そうそうおらぬな。


 苦笑をにじませ、胸に温かな気持ちが広がるのを感じる。


 どん、と大きな音をたて、ドアが開かれた。


 ばさりと音をたてて豊満な身体を包む衣を捌き、艶やかな黒髪を払いながら、長身の美女が現れる。


「なかなか挨拶に来ないから、わたくしの方から出向きましたわよ、ヤマ!」


 深紅の衣を身に纏う美女は、隙なく化粧の施された顔をキーエンスへ向ける。


 視線に込められた怒気に気づく間もなく、キーエンスは咄嗟に身を屈める。


 ぶん、と空を裂く音が頭上を通り抜け、立っていた場所に拳が叩きつけられる。


 ち、と高貴な者にしては下品な舌打ちが響き、美女は身軽に飛び退いたキーエンスを睨み上げる。


「カメリア…もっと穏便な挨拶は出来ぬのか」


「ヤマの傍に侍るのだから、それくらいの身のこなしは当然でしょう。わたくしに叩きのめされる侍従など、愛玩用のお人形以外に使い道はないわ」


 てっきりそうだと思ったのに。


 おもしろくなさそうに、涼しい顔で立つキーエンスを睨む。


「まあいいわ。わたくしにも茶を」


 居丈高に命令し、さも当然といった様子で上座の席に腰を下ろす。


「畏まりました」


 優雅に一礼し、音もなく下がるキーエンスの背に揺れる金の髪を恨めし気に睨み、カメリアは鼻を鳴らす。


「憎たらしいこと。ちょん切ってやろうかしら」


 常に自分が一番と思っている彼女が嫉妬するほどに、キーエンスの容姿は美しいと、誇り高いカメリアが認めたのだ。


「そなたが言うと洒落にならぬ。やめよ」


  うんざりとして言い、ヤマは仕方なくカメリアの相手をすべく執務机に背を向け、卓へと座る。


 カメリアはそんなヤマを一瞥し、長い足を形良く組む。


「それで?わたくしに挨拶もせぬうちに華を買いに行ったのは、この小綺

麗な侍従のためなの?」


 入れ直した茶を受け取ったヤマは、危うく零しそうになる。


「いいや」


 短くそう応えるが、カメリアは黒く縁取りした形のいい瞳を細める。


「あら、そんなに動揺されると、もっと追求したくなるわねえ。お前、昨夜はヤマと華を買いに行かなかったの?」


 茶を煎れ終えたキーエンスは、意味がわからずに首を傾げる。


「いいえ。私は宴を辞し部屋で休ませていただきました」


「馬鹿ねぇ。ヤマ、侍従の世話くらいもっと細やかになさいな。わたくしの侍従達には、できるだけ毎日行くように計らっているわよ」


 男はそうでなくっちゃねえ、とよく手入れされた長い爪をそろえ、優美に茶の器へと手を伸ばす。


 ヤマは内心の動揺を抑え表情を変えずにカメリアを見る。


「そなたの侍従はどうした?ラクサスといったか」


「知らないわ。わたくしの身支度を待たずに抜け出して、帰ってこないのよ。戻ってきたら仕置きね」


 愉しげに笑い、ヤマを軽く睨む。


「貴方もなかなか帰らずに、なにをしていたの。ルナリアの姫はキダータへ嫁いだそうじゃない?もう年頃の姫君は近隣にいないわよ。わたくしで手をうちなさいな」


 組んだ足先でヤマの足をひと撫でする。


「断る」


 行儀の悪いカメリアの足を避け、ヤマは気を落ち着かせようと茶をすする。


「あらそ。…インカーム大臣が、大きな宴の用意をしているわよ。貴方の帰国を言祝ぐ宴だと言っているけれど、見合いのためね。上位貴族の娘達を呼び寄せているもの」


 ヤマは苛立ちを面には出さず、ゆっくりと茶を飲み干した。


「いつだ」


「あらだめよ。必ず出席なさい」


 じろりとヤマを睨みつけ、長い爪で卓を叩く。


「これ以上の留守は許さない。わたくしもそう短気なほうではないけれど、いいかげん度を超えているわ。王が国を空けるなど、そう何度も行えることではなくてよ」


 カメリアの強い口調に、ヤマは薄く野性味のある唇を引き結んだ。


「…側女でもいい、見繕いなさい。そうすれば西へ行くのも許しましょう。できないのなら、外出は諦めるのね」


 ため息をひとつつき、カメリアは衣を捌いて立ち上がる。


「口うるさい伯母にはなりたくないけれど、わたくしももう待つのは飽きたのよ」

 ぱさり、と頬に落ちた髪を軽く払い、それきりヤマへ視線を移すことなく、カメリアは扉へ向かった。


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