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「この後どうする?訓練場でも案内するか?」
「フリントはいつも何を?」
「俺は武器や暗器の開発部に属してる。武具の整備も好きだから、武具を売りに行く時は、品物が潮にやられないように管理するのが仕事だな。見物してもつまんねえと思うぞ?」
「そうか。…うん、訓練場をざっと案内してもらっていいかな。あとは適当に過ごすよ」
わかった、とフリントは頷き、トレイを片付けるとキーエンスを促して外へ出た。
「一番近いのは剣術の訓練場だ。城に医部があるから、怪我をしやすい部署は城に近いんだ。でも草地が必要だから、馬術訓練場が一番遠い。医部に遠いから、ちょっとした怪我くらいなら看れる奴も多い。馬術訓練場の方が近い時は、そっちに行ったほうがいいぞ」
大きく分けると野外訓練場と室内訓練場の2種類あり、特に野外訓練場の敷地は広く、遠くの山までも続いているらしい。
また、中には池や湖もあり、休憩用の小屋も点在していて、野外での訓練が長引いた時に泊まることも出来る設備になっているそうだ。
「ヴァッススは大きく3つの色に分かれている。濃紺・濃茶・濃紫。どれも慣れねえうちは黒に見えるけどなぁ。ヴァッススが国を支えてるから、黒っぽい色なんだと」
濃茶は貴族寄りの派閥。濃紫は戦闘能力の高い者達。濃紺は戦闘能力もあるが、特殊な技術を持つ者が身につける。
フリントもアグリルも濃紺らしい。
ヴァッススに入り3年は黒を身につけ、4年目からそれぞれの色に分けられる。能力や技術の高い者は、決められた模様入りの衣になり、色と模様で細かく段づけがされている。
「俺もあんま覚えてねえよ。紺とか茶がかってて、模様がたくさん入ってたら、エライ奴なんだ。アグリルは紺のちょい模様入りだぜ?気づいたか?」
「まったくわからん。ぜんぶ黒に見えた」
「だろ?もっとわかりやすくしろってな。あっちの国はあれだろ、紋章とかで見分けるんだろ?」
「うん。上向きの百合の花はルナリア王で、王太子はアザミの紋だから、王太子系の貴族はアザミを使ってる。王太子妃はシールムの姫だから、アザミの背に剣が二本ある紋だ。それで…」
「…わけわかんねえな。そっちも。次の王はアザミなのか?」
「即位の際に新しく作り直すはずだよ。混ぜるんじゃないかな。模様は似ていても向きが違ったりするから、覚えるのが大変だったよ」
「名札でもつけりゃいーんだよ。アホらしぃ」
まぁ、そんだけ、どんなにエライ家か言いふらしたいんだろうけどよ。
「王城の奥…王族の居住区なんて、彫刻の素材や形で示されるんだ。結局覚えきれなかったな」
必要な場所のみ覚えて、あとはほとんど知らない。初めて行く場所へは、衛兵達に尋ねればどうにかなった。
「ああ、ヤマの部屋もそうだぜ?あいつの居住区だけ、赤い細工が使われてるんだ。目立つから迷わなくていいけどよ」
派手だよなぁ、とフリントは笑い、目前に広がる湖の前で歩を止めた。
「これが緋の湖。ところどころで湯が沸いてるらしい。そのせいで赤い色の藻が生えてる。王の服は、この藻で染めてるらしい」
湯は共用浴場までひかれていて、自由に利用できる。それを聞き、キーエンスは機嫌良く笑う。
「嬉しいね。自由に湯が使えるなんて、住みやすい所だな」
「そうか?俺、湯浴みは嫌いだから別に嬉しくねえけど。ま、メシがうまいのは最高だな」
緋の湖の美しい眺めを愉しもうと、巡らせた視界の隅に、駆けてくる馬影が見えた。
「あれは?」
キーエンスの言葉に、気が付いたフリントは舌打ちする。
「クソ、ここじゃあ見晴らしが良すぎた。逃げられねえ」
まずいな、と呟き、懐を探る。
「お前、武器は?」
「いろいろ。傭兵はいつでも戦える」
フリントは緊張した面もちのまま、笑う。
「頼りになる後輩だぜ。…とりあえず大人しくしてろ。ヤツらは貴族派だ、いきなり叩きのめすと後でうるさい」
口早にそう説明すると、人なつこい表情を消し、人形のように無表情になる。黙っていれば冷徹な美少年に見えるフリントに習い、キーエンスも表情を消し、近づく者達を見据えた。
現れた者達は一様にヤマ特有の黒髪黒眼、そして蜜のように濃い肌の色をしている。だが、動きにくそうな長い衣を身につけている。
フリントに習った通り、よく見るとわずかに色目の違う黒で衣に模様が描かれている。そして確かに、アグリル達が身につけていた衣より、仕立てがいい。
居丈高にキーエンスとフリントを見下ろす黒い瞳は8つ。特に冷ややかな視線を放つのはクセのない黒髪を束ねた、年若い男だった。
「王が拾った者同士気が合うのか、遠くからでもその派手な身なりはよく見える。連れだって歩けばいい弓の的になりそうだな」
はは、と四人は馬上で笑い合う。




