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「城の侍従がこちらに来ることはあるのかい?」
「まずねえな。俺は侍従用の衣もあるが、一応ヴァッススだからいいんだよ。だからお前もいいの」
フリントはそう言うが、派手な容姿の二人が連れ立っていると、どうにも目立つ。
「気にすんな。ヤマからあんま出た事のねえ奴等には、めずらしいんだよ」
フリントは慣れている様子で、集まる視線などまったく気にせずに食堂のど真ん中の席に陣取る。
山もりに盛った総菜をもの凄い勢いで食べ尽くす。その様子を見ているだけで、キーエンスは胸やけしそうだった。
「おら、これ薄味でイケるぞ。お前、食細いんだろ。こういう味なら結構食えるはずだ」
ひょい、と器用にキーエンスが食べられるくらいの量を、小皿に盛って差し出してくる。
「ありがとう」
勧められた総菜は、さっぱりとした味付けで、確かに食べやすい。
「慣れてるんだな、こうやって人に与えるのが」
ん、とフリントは口の中に詰め込んだものをかみ砕きながら肩をすくめる。
「妹がそんな感じだったからな。結局餓死しちまったけど」
キーエンスは一瞬手を止め、フリントを見つめた。フリントは何でもないことのように、ただ食べろ、というように目で促す。
食べ始めるキーエンスを見て、フリントは笑う。
「馬鹿だなぁ、だからって無理矢理食うなよ。吐くぞ。…なあ、あれ、あの金ピカになる薬。あれってどこで仕入れたんだ?」
「知り合いに貰ったんだ。とても不思議な物を造る方なんだ。光るやつは、多分閃光弾だろう。目くらましに便利だよ」
「どうやって造るんだ?材料は?」
「よくわからないけど、時々住んでいらっしゃる部屋で爆発が起きていたよ。あの黄金の薬も、床に落としたせいで、地下のワインが黄金に変わっていたんだ。売ると詐欺になるから、元に戻したけど、なぜか酢になっていて、当分酢の物ばかり食べさせられたなぁ」
口が曲がる、と言ってバンキムは嫌そうだった。あまり食べ物に文句を言う人ではないのだが、さすがに酢の物ばかり続くのは辛かったようだ。
フリントは楽しそうに目を煌めかせる。
「あとは?なんかおもしろいモンあったか?」
「うーん…そうだな、泥棒が時々やってくるんだが、なぜか泥棒の時だけ動き出す獅子の石像があったな。私や友人が近くを通っても動かないんだが。不思議な獅子だった」
聞き耳を立てていたヴァッススの者達は、一体どんな家に住んでいたんだと不審に顔を曇らせる。対照的に、フリントは益々楽しげに笑う。
「うっわー見てみてえ!おもしろそうだなぁ」
「一度会わせたいよ。話のわかる相手はあまりいないみたいだし。フリントとは話が合いそうだ」
「行けるかなぁ。当分あっちに船は出さねえみたいだし」
「機会があれば、言ってくれ。案内するよ」
レコルダーレもきっと喜ぶだろう。傭兵として旅に出るキーエンスに、あれもこれもと不思議な道具を持たせたがった。可能な限り戴いたが、やはり使い方や用途のよくわからないものは持ち歩くことはできなかった。
もっとゆっくりと話をきけば、理解できたかもしれないが、いかんせん難しすぎた。
フリントに勧められるままに食べるキーエンスを、フリントはぼんやりと眺める。
「お前、綺麗に食うなぁ」
しみじみと言い、自分の食べ終えた皿を見る。
「そうか?」
「俺はつい急いで食べちまう。クセになってるからなぁ。しつけってやつか、そういう食い方も」
キーエンスはしばし考え、そうかもね、と同意した。
「でも、丸ごと食べる事はできなかった。中に針とか、入っていることがあったから。必ず裂いたり、切ったりして、小さくしてから口に入れるよう、しつけられたよ」
「ああ、だからちまちま食うのか。いろいろあんだな」
ふーん、と軽く納得し、水を飲み干すと、お代わりを注ぎに再び厨房の方へと席を立った。
毒が入っていることもあるので、汁物や水なども、一気に飲むことはできない。一口ずつ、確かめながら飲む習性が身に付いている。
椀に汲んだ水をゆっくりと口に含むと、澄んだ清水の味がした。城の中で味わえるとは、ヤマはよい治水をしているのだろう。
「もう食えねえか?ナシシ持ってきたけど」
薄黄色の皮を剥いた白い実が、食べやすい大きさに切られている。それをつまみながら、フリントは戻ってきた。
「一ついただくよ。美味しいね、これ」
瑞々しく、ほのかに甘い。ルナリアでは見たことがない果物だ。
「今の時季しか食えねえけどなぁ。もうちょい涼しくなる頃には、もっと
いろいろ採れるはずだ」
ゆっくりと味わうキーエンスを眺めながら、フリントはあっという間にナシシを食べ尽くす。キーエンスが一つ食べ終える頃には、汲み直してき
た水を飲み干していた。




