19
夜も明けぬキダータ城、礼拝堂奥にある議堂にて、王の呼びかけに応えることの出来た大臣達が集まっていた。7割の出席率であったので、議会として機能することができた。
ざわり、と議会内にどよめきが走る。
「なんと」
「ヤマ王をたばかるのか」
「姫ではないことが知られれば、怒りを買うぞ。…戦になるやもしれぬ」
戦だと、とざわめきが広がる。
「だが見初めたのはナナイの娘であろ?せいぜい公約を取り消すくらいではないか?」
「一度だした公約を取り消すことなど出来ぬわ。しかも『永続』であるぞ」
「御代が代われど取り消すことを許さぬ文言。…たしかに良い手かもしれぬ」
大臣達はひそひそと囁き、意見の動向を探り合う。
「そもそもエレンテレケイア姫に会っておらぬのだから、姫ではないと気
づくはずもない」
「見初めた娘を娶るのだ。喜びこそすれ、気を悪くせぬよ」
やれやれ、とハリストーエは王のフリをしながら、物陰に佇むシーリーンが微笑むのを一瞥する。
アルカイオスを連れてこなくてよかった。妹を喪い、さらに恋人まで遠くへ行くことになるとは。
「では、エレンテレケイア姫の葬儀について、議題を変えぬか?」
ざわめく議堂の隅々に響くよう、ハリストーエは声を張る。
「密葬するしかありませぬな。姫の死を滞在中のヤマ王に知られるのはまずいでしょう」
「求婚の返礼を早めに行い、ヤマ王には国にお戻りになって公約を出すよう促しましょう」
「念のため、ヤマ王が帰国した後に密葬をしたほうがいいのでは?」
「霊廟とはいえ、昼間は暖かい日が続いている。せいぜい3日であろう」
「夜明け次第、内々に返礼をお伝えしよう。夜には返礼の宴を催して、さっさとヤマへお帰りいただくか」
ふむ、とハリストーエは頷き、王との申し合わせ通りに事が運んだことを己の中で確認する。
「密葬と婚礼の準備を進めよ。あとは任せる」
ハリストーエが立ち上がると、議会内の大臣達も立ち上がる。そして退室する王を見送った。
「シーリーン、本当にいいのか?娘を売るような事をして」
王族専用回廊へ入り、ハリストーエは呟く。
「王の代わりに王妃を抱いたお兄様には、わかるはず。国のためにせねばならぬ事もあるのです」
「私は愛した女を抱いたのだ。身代わりで抱かれるのとは違う」
「ヤマ王はキーエンスをご所望なのよ?望んだ女を抱くのだもの。兄上と同じ」
「キーエンスの気持ちはどうでもいいのか?」
シーリーンは応えず、ハリストーエと離れるために庭へ向かう。ハリストーエは歩みを止めることもなく、王の居室へと去った。
池に映る自らの姿を見下ろして、シーリーンは仮面を取った。
王妃と同じ、その姿。
「メリッサの気持ちはどうでもよかったのでしょう?」
ぱたり、と涙が水面に落ちた。
寝台に横たわる姿は眠っているように美しく、朝日に照らされ頬が赤らんで見えた。
けれど部屋に漂う血の匂いは生々しく、身体を清めるために壺を持って入室しようとした侍女達は躊躇した。
「二人きりにしてくれないか」
硬い声が寝台の横に佇むアシュトンより放たれる。
侍女達は顔を見合わせ、下がろうとするが、それをアルカイオスが止めた。
「いつまでも汚れた夜具を身につけていたくないだろう、エディ」
侍女の持っていたドレスを取り上げ、アルカイオスはアシュトンに歩み寄る。
「エディには白がよく似合う。…着替えが終わるまで、髪飾りでも選びに行こう、アーシュ。お前の見立てでないと、エディは嫌がるぞ」
ふわり、と眠るエレンテレケイアにドレスをかける。促すようにアシュトンの肩に手を置くと、大人しく立ち上がった。その肩に手を置いたまま、部屋の外へと向かう。
侍女達はほっとした表情で、アルカイオスに頭を下げた。
言った通り、アルカイオスはアシュトンをエレンテレケイアの宝物庫に連れて行った。
「髪飾りは花嫁がつけるようなティアラがいい。私が立ち会う。婚礼を行おう」
小さな絹のクッションに包まれた対の指輪を差し出した。
「これを使ってくれ。魂は葬儀が行われるまで身に宿るという。急ごう、来世を誓うんだ」
「来世…」
ぱたり、と受け取ったクッションにアシュトンの涙が落ちる。
「そうだ。未来永劫、離れぬと、縁を結ぶんだ。エディは寂しがり屋だからな…お前の誓いがなくば、眠れまい」
頷き、アシュトンは嗚咽を堪えてクッションを抱きしめた。