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ふわりと陽炎のように揺らいだかと思うと黒服の少女が目の前に現れた。目以外を黒い布で覆っているので、表情はわからないが、骨格から性別は見て取れる。
「食堂へご案内いたしましょうか」
どうやらキーエンス付きのヴァッススらしい。見張りも兼ねているのだろうが。
「いえ、適当にしますから、おかまいなく。…城下へ買い物に行きます。それから、知人達へ手紙を」
「文ならば、伝令がおりますが」
「…私の知人達は、決められた手順でないと、安心してくれないんだ。着いてきても構わないよ」
ギルドの口の堅さを信じている。
ヴァッススの少女はわずかに目をすがめ、無言で姿を消した。だが、かすかに気配がある。一晩休んだキーエンスには、どんなに気配を殺そうとしても、捉えることができる。
キーエンスはそのことに安堵し、機嫌良く城下へ向かった。
裏門の門番に話しを通し門より出してもらうと、すでにそこは人々がひしめいていた。黒髪黒瞳で肌の浅黒い者ばかりが集う場所では、キーエンスは目立ち過ぎる。
キーエンスに気づいた者は驚いた様子で凝視する。
身を覆う物でも羽織ればよかったが、いかんせんヤマ国の気候はキーエンスには暑すぎた。
仕方なく、驚く者達に愛想よく笑い返しながら、キーエンスは鍛冶士ギルドを探すついでに立ち並ぶ店を覗いて回った。
日用品や調理器具、小さな石の棒ばかり扱う店や、土の固まりを樽に入れて並べていたり、見たこともないものばかりで、夢中になってしまう。
「こりゃあ、玉だ。おめえさんの名を入れて三日三晩清水に浸けると、御璽ができる。名をみてやろう、どらどら」
と、突然手を掴まれそうになったので、慌てて身を引く。
「恐がりなさんなって。手を見りゃあんたに合った玉を選べるんだよ」
「い・いや、また今度にするよ」
仕方ねえなぁと店主は笑い、逃げるキーエンスを見送った。
ヤマ国は岩山に囲まれている。それを越えて入国するよりは、向岸流の潮の流れに乗って海から入国するほうがたやすい。
そのためか、キダータやルナリアからの文化の流入があまりみられないように、キーエンスは感じた。衣服の形も袖が大きく、裾が広がっているデザインだ。
生地は絹より荒いが、軽く通気性がいい。
ヤマの蒸し暑い気候に適した素材だった。
キーエンスは人通りの途絶えた辺りに、鍛冶士ギルドの印のついた鍛冶屋を見つけた。
店先を履き掃除する下人がいる、大きな店だった。武器大国ヤマの鍛冶屋にふさわしい立派な構えだった。
掃き清められた店先を通り、扉を開けると、大きなカウンターが正面に座し、防具、武器、雑貨と、種類毎に担当の店員が立っていた。
キーエンスは正面の武器のカウンターに歩み寄り、中年の屈強な男に話しかける。
「ギルドに頼みがあるんだが」
「…ギルドのメンバーには見えねえが」
初めて行く街では、大抵うさんくさそうに見られてしまう。今回のように。
「メンバーじゃないが、『創始の鋼床』に用事がある」
古い言い回しでカダールのことを指す。剣神がのちに刀を打っていたことは、鍛冶士ならば知っている。カダール城をそう呼ぶ鍛冶士もいるとバ
ンキムに習った。
男は怪訝に顔をしかめ、ふと思いついたようにキーエンスを見返した。そして何か言いたげにするが、口を噤んで頷く。
「ちょっと待て。話のわかる爺を呼んでくる」
「ありがとう」
ちらり、と店の入り口を一瞥してみせる。気配に聡いものなら、ヴァッススが潜んでいることに、気が付いただろう。
中年の男は軽く頷き、奥へと消えた。
防具の手入れをしていた女店員は、興味深そうにキーエンスをじろじろと見る。雑貨の帳簿を付ける男も手を止め、キーエンスを一瞥した。
「磨き粉を3ゾルもらえないか」
「…15ギルだ」
財布は出さずに、言われた金を弾きカウンターへ置くと、目つきの悪い男は帳簿を置いて棚から磨き粉の入った袋を出し、キーエンスへ渡す。
「あんた、一体なんなんだ」
ちらり、と入り口を見やり、男が尋ねる。ヴァッススに気が付いているらしい。
「『創始の鋼床』の者さ。いずれ店主が教えてくれると思うよ」
ギルドの者達は口が堅い。正式なギルドのメンバーでも、メンバーになりたての者は知らない事もある。そのため、キーエンスはギルドを利用する時は、一番年長に話しかける事にしている。




