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なにか作法に反った事をしただろうか、とキーエンスは困惑するが、それを見透かしたイズニークが椅子に座ったまま弦をつまびきキーエンスの意識を引く。
「気にすることはないよ。ヤマ国の者は、君のように薄い色素の髪や瞳に憧れる傾向がある。そんな君に美しいと言われた事が、驚きなのだよ」
イズニークはクスクスと小さく笑う。
「もっと褒めてみるといい。調子に乗って空にも昇るだろうから」
道化師、という題名の曲のさわりをかき鳴らす。
キーエンスは微笑み、軽く頷く。ヤマは戸惑い、わずかに歩を下げる。
「なめらかに輝く黒曜石の瞳は星々の煌めく夜空のよう。艶やかな黒髪は絹糸のごとく------」
みるみるうちにヤマの顔が赤黒く染まるので、キーエンスは思わず言葉を切った。
「…ゆくぞ」
隠すかのように足早に廊下へと向かうヤマ。イズニークはさも愉しげに笑うが、キーエンスは複雑な気持ちで唇を噛んだ。
「どうしたんだい?」
キーエンスの顔をのぞき込むようにイズニークは身を屈める。彼の銀髪がさらさらと流れるのを見て、キーエンスはその碧の瞳を真っ直ぐに見返す。
不吉なほど冴えた碧の瞳、と言われたこともある。それゆえに、真っ直ぐに見つめる事の出来る者はそうそういなかった。
心地良さ気に碧の瞳が揺れた事に気づかず、キーエンスは言葉をつむぐ。
「…本当にお美しいのに。ヤマ国の方達のしなやかな体格といい、その瞳や髪も」
うん、とイズニークも同意に頷く。
「けれど、黒い子が出来るのは嫌だと、婚儀を断られることもあるのも事実。悲しいことだね。…ことあるごとに、ヤマを褒めるといい。大人しくなるから」
イズニークの言葉に、素直に頷くキーエンスを見下ろし、イズニークは満足げに笑うと、そっと背に手をかけイライラとした気配をまといはじめたヤマの方へと行くように促す。
いつまでもイズニークと話しているから気に入らないのだろう。だがいつものように、キーエンスを呼びつけないのは照れがあるからだ。
イズニークは爽やかに見える笑顔をつくってヤマに笑いかける。
この性悪め。
ヤマの小さな唸りを、精霊が運んでくる。
「私も、ヤマの姿は美しいと思うよ」
そうですよね、と傍らの男装した少女は笑い、言葉を運んだ精霊が耳元に来なくても、読唇したヤマは再び顔を赤らめる。
イズニークは再び楽しげに笑った。
当分、この方法でヤマの我が儘を押さえる事ができそうだ。
色とりどりの輝く小さな玉が列なった簾が、白い衣の衛兵により左右に引かれた。その先に広がるのは、身に纏う衣の色ごとに並ぶ人々の姿。
最前列が最も濃い色で、だんだんと薄くなっていく。
水藍という淡い色の衣を着た自分が、王の傍にいてもいいのだろうか、とキーエンスは思うが、似たような色の衣を着るフリントはのんびりとヤマ国の名産品について説明してくれる。
「糖果のカイキは最高。もうちょい涼しい季節になんねえと採れないけど、甘煮にしたやつなら厨房にあるんだぜ?たまにくすねるんだ」
あとはナナエシかな。今時期が熟れてうまい。
なにやら豪奢な彫刻を施され、濡れたように艶めく朱塗りの椅子に座るヤマにむかい、並ぶ者達が頭を下げ、儀式めいたことが始まったが、フリ
ントはまったく気にせず、キーエンスに食べ物の話をし続ける。
「あーなんか食いてえ。腹減った」
腹を撫でながら言うフリントは、バケツの水で顔を洗っただけとは思えぬ美少年ぶり。クセのある薄い金の髪は豊かに波打ち、エレンテレケイアによく似た薄い青の瞳は長い睫に縁取られている。
フリントよりわずかに背の低い男装の少女は、輝く金の髪を無造作に頭頂で結い、すらりと長い手足を包む水藍の衣を着こなし、姿勢良く立つ姿は凛々しい。
その背後には気配なく月の光のように淡い銀の髪を持つ男が、碧の瞳を伏せつつ佇む。
黒髪黒眼の者ばかりが集う場所では、目立つことこの上ない。
人々より最も高い位置に座るヤマには、目立つ三人がよく見える。貴族出の大臣がなにやらヤマの帰城を言祝ぐが、聞き流しつつ目立つ三人を眺める。




