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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
カダールの姫、現る。
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「無事だったんだな!」


「心配かけて澄まない。。あの男は、海賊だが、悪い奴ではない…はずなので」


 無事な顔を見ながら、フリントは一端は安心する。だが、着替え途中のまま現れたキーエンスの鎖骨が以前よりくっきりと見えることに気づき、顔つきを険しくする。


「お前、ヤバイことされたんじゃねえか?そんな痩せて。メシ食うぞ!メシ!ヤマのメシはうまいぞ!」


 持っていた革袋を机に置き、キーエンスを外へ導こうとする。


「アホ。これから到着の儀があるだろうが。お前も顔洗って着替えろ。先行くぞ」


 あ、とフリントは小さく叫び、着替え途中のキーエンスにようやく気づく。


「サボる気だったけど、後輩が行くなら仕方ねえ」


 汲んであったバケツの水で顔を洗い、部屋の外へ飛び出していく。その後ろ姿を見送り、キーエンスは笑ってアグリルを見た。


「何だよ」


「…仲がいいのですね」


 まあな、と小さくつぶやき、アグリルはそれ以上何も言わなかった。微妙な空気を感じ取り、それ以上深く聞かず、キーエンスはフリントの持ってきてくれた荷に気づき、中を改める。


 船に置いて来てしまったキーエンスの荷物を、そのまま持ってきてくれたようだった。


 予備の短剣が潮風に痛んでいないか点検しているキーエンスの背へ、アグリルは呟いた。


「前に、ヤマが酷く荒れた時期があった。…惚れた娘が死んだとかでな」


 キーエンスの背が凍り付いた事には気づかず黒髪を掻き、扉から外を眺める。その黒い瞳には、かつて平静を失った主君の姿が思い出されていた。


「薄い金の髪で、青い眼だったって聞いたんでな、市場で買ってきたんだよ、俺が」


 ただ主君を宥めるために。ただそれだけのために、髪と眼の色が似ていたというだけで、モノのように買い取った。


 その負い目かな、とアグリルは言葉を締めくくった。


 奴隷の汚い世界から救ってくれたと、フリントは懐いた。だが、モノのようにフリントを買い取った行為に、今でも嫌悪してしまう。


「…貴方のせいではない。すべては------」


 キーエンスの言葉は、駆けつけてきたフリントによって遮られる。


 すべては、私がエレンテレケイアの偽物として存在したせい。


 エレンテレケイアとしてヤマを騙してしまった。そのせい。


  ずしり、と、心に重く自らの呟きがのしかかる。


------ヤマ様に、どう償えばいいのだろう。


 騙してしまったこと。悲しませてしまったこと。


 フリントの着崩れた衣装を直すアグリル。その二人を見つめながら、キーエンスはためいきを押し殺した。


 ヤマの言うまま、この国へ来たのは、その負い目も大きな理由の一つ。アグリルと同じように、内心に秘める想いから動いているのだ。




 長屋の連なりを出ると、訓練場があった。そこは棒術の訓練場らしく、整理された訓練用の棒がいくつもたてかけてある。


------ヤマ国の武術を見聞したいという気持ちはある。


 けれど…。


 いくつもの階段と扉を通り抜け、緻密な彫刻が施された朱塗りの扉が行く手を遮った。両側に立つ灰色の衣を身に纏う兵が、アグリルとフリントを確認すると、扉を押し開けた。


 兵の鋭い視線がキーエンスへと向けられる。


「新入りだ」


 アグリルは短く言い、扉が開ききる前に足早に室内へと歩き出す。


 兵達は無言でキーエンスを見つめる。


 値踏みされているようだ、とキーエンスは苦笑した。


 キダータやルナリアでは、貴人の顔を使用人が凝視することは、まずない。


 使用人同士といえど、特に意図がある訳でないなら、失礼にあたるので、あまりしない。使用人達は一様に無表情を装う。


 だが、ヤマでは表情豊かに使用人達は自らの感情を面に表す。


------そういうお国柄なのか。それとも、ヤマ様の周囲にそういう者が多いのか。


 兵達は、キーエンスをただの貴族の子弟と思ったようで、鼻白む様子がうかがえた。


 やれやれ、とキーエンスは内心ため息をつく。


------イオやレイダ殿ならともかく、私はそういう気配はないと思うのだが。


 傭兵をしている時に、貴族の子弟と思われた事は一度もない。


「キース」


 着替えたヤマが奥の部屋に立ち、周りを囲む白い衣を着た侍女達をかき分け、キーエンスの方へと歩いてくる。


「よく似合う。やはり水藍だったな。藍でも良いが、藍は重かろう」


 ヤマは深紅と金の豪奢な刺繍の施された黒地の衣に着替えていた。なめらかな光沢は上質の絹が使われているからだろう。


「ヤマ様も。美しいお姿ですね」


 思った事を口にしただけだが、ヤマは驚いたように眼をわずかに見開いた。周りの侍女達も驚いたのか、口元に手をやる。


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