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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
嘆きの日
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     18

「やめいハリストーエ」


 こつり、と円卓の杯を軽く打ち付け、王は席を立つ。


「剣豪バンキムよ。そなたの片目、たしかに戴いた。姫の事は、これで水に流そうぞ。…あれも好いた男に抱かれたのだ…後悔はないだろうよ」


 滴る血を拭おうと、王はバンキムに手を伸ばした。が、バンキムは歩を下げ、避ける。

 ふ、と王は笑い、アルカイオスへ顔を向けた。


「キーエンスに対し、彼女の名誉を重んじることだ。万が一の事があれば、私の右目を差し出すことにしよう」


「王!」


 咎めるようにハリストーエが叫ぶが、王は気にもせずに再び席につく。


「では婚約を許して頂きたい!」


 アルカイオスは強ばった顔のままバンキムと王へ目を走らせる。


「時期尚早であると、言っていたではないか、アルカイオスよ」


 呆れたように一瞥し、王は杯を口に運ぶ。


「あれにも選ぶ時間をやるべきだろう。キーエンス=ドリーシュとして社交の場に出たこともないのだから」


 上等な絹のマントを引き裂きながらバンキムは吐き捨てるように言う。


「エレンテレケイアがヤマへ嫁げば、その時間もできるだろう」


 安心しろ、と言うかのように、王はバンキムに笑いかける。


「アシュトンを心配して、それどころではないだろうよ」


 ふん、と鼻を鳴らし、バンキムは慣れた仕草で、裂いた布を右目に巻き付ける。


「…シーリーンか?」


 ハリストーエが奥の部屋へ声をかけた。


「失礼いたします」


 さっと膝をつき、シーリーンが頭を下げた。

 いつもはめざといシーリーンが、バンキムに気づいていないかのようだった。

 わずかに顔が青ざめている。


「エレンテレケイア様が…」


 そこで言葉を切り、床に付く手を振るわせた。

 バンキムは片目をすがめ、その手を見る。不吉な予感がする。


「身罷られました」


「---なんと」


 かたり、と空の杯を倒し、王は額に手を当てる。


---キーエンスを代わりにヤマへ。永続公約を逃すことはできない!


 床に置かれたシーリーンの手が、きつく握られた。

 脳裏に響いた妻の声に、バンキムは遺された目を閉じる。


 そうはさせぬ。


 転がる杯のように、だれもが気づかぬよう気配を消し去る。


「王妃を起こすのだ、シーリーン。アルカイオス、大臣達を呼べ。ハリストーエ、着替えを…」


 王は、音もなく閉じる扉を目で追い、遺された床の血痕へと膝を折る。

 そっと、大切なモノを愛でるかのように指を這わせ、動き出すアルカイオスやシーリーンにはそれ以上何も言わず、私室へと向かった。


「あとは私が」


 気を利かせたハリストーエが、私室の扉を閉める。


 王はそっと、手を握りしめた。

 



  キーエンスは食事を続ける気になれず、湯を使い丹念に身体をほぐしてから寝台へと入る。なかなか寝付かれなかったが、それでもようやく浅い眠りに入った時、階下での騒ぎに飛び起きた。


「キィ!」


 ばん、と音をたててキーエンスの部屋のドアが開かれる。丁度燭台に明かりを入れた時だった。


「父上!お怪我を!?」


 明かりに照らされたバンキムは顔から血を流している。無造作に右目から頭部にかけて布で覆っている。


「話は後だ。動きやすい格好に着替えろ!武器も忘れず持てるだけ身につけろ!急げ!」


 それだけ怒鳴ると、バンキムは階下へと駆け下りていった。

 言われた通り馬丁のような格好で降りると、バンキムが侍従達に指示を出していた。


「後は頼んだぞ。わかっているな?」


「はい。夜明けまでには皆出られます」


「よし。キィ、来い」


 バンキムはキーエンスの手をとり、ホールの暖炉へと連れて行く。暖炉は冷え込んだ時にしか使わないので冷えている。バンキムは手を伸ばし、煤を取った。そしてそれを水差しに入れ、かき混ぜる。


「目をつむれキィ。顔に塗るから」


 なぜそんなことを、と聞きたかったが、今はそれどころではなさそうなので、大人しく従う。急ぎながらも、バンキムは優しく手を当て、キーエンスの顔に煤を塗った。


「いいだろう。髪は…後だな。行くぞ、ついてこい」


 庭にはすでに馬が二頭用意されていた。侍従達が二人かかりで荷を取り付けている。


「こちらをお召し下さい、お嬢様」


 軽い革のフード付きのマントを侍従が身につけさせてくれた。


「防水用に、油も塗ってあります。お気をつけて」


 その剣技と美しさのために、屋敷内にキーエンスの信望者がいることは知っていたが、あれこれと侍従達が持ってくるのを、バンキムは呆れて見る。


 さては今夜のドレス姿が効いたな…。


「あとのヤツはいずれ呼び寄せるまで持ってろ!行くぞキィ」


 身軽に乗馬するバンキムに習い、いつの間にか身につけていた腕輪や髪飾りに気づかぬまま、侍従達に短く礼を言いキーエンスも乗馬する。


 後ろも見ずに駆け出すバンキムに置いて行かれぬよう、キーエンスも馬を走らせた。


 やがて空が白み始めるが、バンキムは休もうともせずに駆け続けた。


 産まれた時からエレンテレケイアのナナイであったため、城や城下町から出たことのないキーエンスは、初めて城下町から外に出た。

 どこへ行くのか。

 問いかけたかったが、バンキムはけして歩みをゆるめることなく、走り続けた。

 なにか考えがあるのだろう、と不安に思いながらも、キーエンスは父の背を追った。

 


エピソードが1つ抜けてました。修正しました。

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