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「オリエンタル…、鮮やかな赤ですね」
王城を囲む壁は一様に鮮やかな赤。近くへ来ると、それが石造りなのだと知る。
「ヤマ国は鉄を多く産出する。石にも鉄分が多いので、加工すると赤くなるのだ。王の居住城は奥の岩山だ。いずれ我が案内しよう」
馬を寄せ、ヤマは愉しげに説明する。彼が統べる国を見て貰うのが嬉しいのだろう。
そびえる門はアグリルの言葉から裏門だとわかっていた。けれど、堅固な作りといい、細部に施された装飾といい、正門と言われれば信じてしまいそうだった。
「降りるよ、キーエンス」
耳元で囁かれ、キーエンスは身を震わせた。イズニークに名を呼ばれたのは、初めてかもしれない。気のせいか、妙にくすぐったい気になる声音だ。
「?」
身軽に降りたイズニークに手を掴まれたまま、貴婦人にでもするかのように丁寧な扱いで馬より下ろされる。
視線を感じ見上げると、馬上よりヤマが黒曜石の瞳を煌めかせ、静かに見つめてきた。
「城内での騎乗はヤマ国王族のみ。いずれそなたは降りずとも良い身分になろうが」
含みのある言葉に、キーエンスは意味がつかめず首を傾げる。
「舞姫の称号を手に入れれば、君は何者にも傅く必要はない存在になる。…いずれシールムへ行くのだろう?」
にっこりと笑い、握るキーエンスの手を引き、アグリルを始めとするヤマの側近達が待つ広場へと向かう。
「イズク…そなた、相変わらず意地が悪いな」
「君には負けるよ。遠回しに言うなんてらしくないよ、ヤマ。周りから固める気かい?」
ちらりと先で待つアグリルを見る。ヤマの気持ちを知れば、彼らがどう動くかなど、手に取るように予想できる。
「…止めるように言ってある。せぬはずだ」
どうだか、とイズニークはヤマに心酔する側近達を冷ややかに見据えた。ヤマの望みならば、キーエンスに足かせでもつけて拘束するのではないだろうか。
裏門に面した石畳の引かれた広場に、数人の男達がいた。皆一様にそれぞれ好きな格好で近づくヤマを迎える。
一国の王に対するものにしては、ずいぶん気軽な様子に、キーエンスは戸惑う。
「ただ今戻ったぞ」
ひらりと身軽に馬より飛び降り、ヤマは中央へと歩み、懐から書状の筒を投げる。受け取る男はヤマより年上のように見え、クセのある黒髪に乗せられた帽子を押さえながら、空いている手で器用に書面を開いて一瞥する。
「ルナリアの銀山ねぇ。宝飾の職人はそれほど多くないんだが。まあいいか、開拓してみるのもおもしろい」
「武具の流れは?」
ヤマが問うと、腕を組んだままのんびりとアグリルが応える。
「急いで売ったからな。少しばかり値崩れしてる。しばらく売り控えだ」
「ふむ、仕方あるまい。その間にヴァッススの育成をすすめよ」
「最近はシールムも新しい姫候補がいねえ。護衛の仕事が少ねえんだ。西の大陸がきな臭い。そっちに手を伸ばしちゃどうだ?」
ヤマよりも背の高い男が馬の手綱をとりながら応える。
「西か…、様子を見ねばならぬな」
ふむ、とヤマが思案するのを呆れたように見おろし、男はため息をついた。
「ヤマ、帰ってきたばかりで出かける算段はよせ。しばらくは国内のことに目をむけろ」
ヤマは軽く鼻を鳴らし、話題を変えるべく背後に佇むキーエンスを手招く。
「んだ、その毛色の派手なガキは」
貴族らしい雰囲気を感じたのだろう、男達は白けた様子でうろんげにキーエンスを見下ろす。
「ルナリアから攫ってきたのだ。しばらく我の傍で侍従として仕える。見知りおけ」
キーエンスは愛想を振りまくことはせず、ただ薄く微笑む。
「私はキース。…よろしく」
カダールの名は出さず、愛称のみを伝える。この者達には、こう言った方がいいと咄嗟に判断したのだ。
アルカイオスの手がおよばないとも限らない。カダールのことや本名は伝えられない。
貴族ならば自らの家名を長々と詠唱する。だがそうしないキーエンスを、男達は無表情に眺めた。内心どう思っているのか、付き合いの長いヤマには手に取るようにわかる。
思わず吹き出し、キーエンスの細剣を一瞥する。
「キースの特技は…、うまい茶を煎れるところだ。そのうち相伴させてやろう」




