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「ああ、そいつか」
顔色の悪い新入りの侍従のためかと気づく。にやりと意地悪く笑み、壁と同化している楽師を見やる。
「イズクのニイさんなら新入りと乗っても大丈夫だろ。乗せてやれよ。俺は一足先に裏門に知らせてくる」
そう言い置き、さっさとその場を離れる。
ヤマはむすりとしつつ、イズニークを見る。眼布に包まれていても、彼が戸惑っていることは長年の付き合いでわかった。
彼女を同乗させたからといって、あの海賊のように悪さをする余裕などないだろう。
「頼む、イズク」
こくり、と首を縦に振り、ぎこちない動きで部屋を出ていく。わずかにキーエンスを一瞥し、共に来るよう顎を動かす。
なにやら含みのあるやりとりに、内心小首を傾げながらも、キーエンスは痛む頭を堪えながら、イズニークの後に続いた。
先に馬上へと昇ったイズニークは、気にして止まない気配へと手を差し出す。華奢で小さな手のひらを受け、壊さぬようにとそっと引く。
------力を込めれば、砕いてしまいそうだ。
身軽に胸元へと飛び込んでくる身体は柔らかく、理性が飛びそうになる。陽の高い今は、青い瞳をのぞき込まないで済む。それが残念だった。
「…痩せましたね」
デイライの役の際、抱いていた時と随分違う。男装するには都合がいいだろうが、それほど船旅が辛かったのかと知り、驚く。
始終吐いていたことは精霊より聞いている。だが、いざ腕にしてみると、その身体はあまりに細すぎる。
「ぅ…」
応えに窮する気配を感じ、イズニークは笑う。同乗し、戸惑っているのはどうやら自分だけではないらしい。
いつもヤマと共にいるから目立たぬが、イズニークもまた鍛えられた体をしている。それを背に感じ、キーエンスは落ち着かない気持ちで目を伏せた。
馬が歩む振動でどうしてもイズニークと身体が触れ合う。そのたびに心臓が跳ね上がる。
自分は幼い、と、キーエンスは恥ずかしく思った。
フィデルにも寝台に押し倒されるまで、なんなのか気づけなかった。ほとんど彼の思うままに唇を奪われてしまった。
ひゅ、と風がそよぎ、ひやりとした気配がよぎる。
「…あの海賊男のことを…考えているのですか」
頭上より低く冷めた声が降ってきた。驚いてキーエンスは眼布につつまれたイズニークの瞳を見上げる。
「貴方の瞳は、やはりなんでも見通してしまうのですか」
キーエンスの軽口に、イズニークは不機嫌に黙りこくる。
「…酔っていたとはいえ、フィデルに好き勝手にさせたことを悔やんでいるのです。…私はまだまだ未熟だと」
ぴくり、とイズニークの片頬がひきつる。
------好き、勝手、とは…?
思いつく限りのことを考え巡らし、機嫌が氷点下に下がる。そこへ、結われた金の髪がふわりと頬をくすぐった。湯浴みに浸かったばかりで、花の芳香がかぐわしい。
もの凄い悪寒が背筋を通った気がしたが、すぐに温まる。どうやら勘違いらしいとキーエンスは近づく王城へと意識を向けた。




