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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
海賊、嫁を攫う。
177/264

10

 巨船が港より見える海岸線に現れた時から、王城と港を結ぶ道には警護がひかれ、到着を待つ貴族や王族などの乗る馬車や馬がひしめき合い、混雑していた。


 先に小舟で報せ役として上陸していたアグリルは、王城へ報せの文を送るのみで、主上の言いつけに従い、馬を買っておいた。


 混雑する港の隅で、アグリルは馬の手綱を握りながら、巨船より降ろされた板が地上に着くとほぼ同時に駆け下りる影を捉える。


「こっちだ、ヤマ」


 ちいさな囁きでも聞き取ることのできる男が主上の傍らにいることはわかっている。


「到着の儀は後ほど城にて」


 近くにいた大臣にそれだけ言うと、ヤマは人混みをすり抜けアグリルの元へと走り寄る。差し出された手綱を受け取り、ひらりと馬に飛び乗ると、同じく軽やかな身のこなしで馬に飛び乗ったイズニークを先に行かせた。


「大騒ぎだな」


 ため息をつき、馬が駆け去った方へと身を翻した。

 時間をかけ、身体から旅の埃をすべて洗い流す。用意されていた服に着替え、腰に細剣をさす。髪をまとめ湯場から出ると、相変わらず窓辺に寝そべるフィデルが垂れ目で見つめてきた。


「気に入ったよ、ありがとう」


 動きやすい男物の服だった。仕立てがいいのでキーエンスが着ると貴族の子弟のようにも見える。


 キーエンスの礼に、くすぐったそうに目を細め、フィデルはようやく身を起こした。


「俺の好みはもっと露出のあるヒラヒラしたドレスなんだが…まあ、お前はその方がいいんだろ」


 にこり、とキーエンスが機嫌良く笑うのを眩しげに見つめ、フィデルはただ立っていた。


 馬のいななきと足音が聞こえ、迎えに出た宿の者の戸惑った声が響く。


「…騒がしいな」


 キーエンスはふと窓をみやり、続いて駆け上がる音のない気配を察知する。


「!」


 即座に廊下へ出る扉と窓辺に立つフィデルの間へ立ち、ひたりと扉を見つめる。


 音をたてて扉が吹き飛ぶと同時に、軽く手のひらを前へ差し出した。


「お待ちを、ヤマ様」


 ぴたり、とキーエンスの指先で歩を止めたヤマは、静かな瞳をキーエンスへ向ける。一瞬静まった殺気が、再び窓際へとふくらみ始めるのを察し、キーエンスは空いている手を背後を護るかのように上げる。


「キース…その者を庇うのか」


 唸るように呟かれ、キーエンスは困ったように首を傾げる。


「愛してるぜ、キーエンス」


 背で護ろうとしてくれた女へ、とろけるような笑顔を向ける。


 賭けた甲斐があったな。


「嫁に来てくれ、頼むから」


 むぅ、とヤマは不機嫌に顔をしかめる。言いたくても言えない言葉を、あっさりと目の前で言われた。


「無理だ、お前を愛していない」


 きっぱりと言い放つキーエンスを、傷ついたようにヤマはみつめた。まるで自分が言われたかのように。


 にやり、とフィデルは意地悪く笑い、窓枠に手をかける。


「俺以外に『乗る』なよ。いい子にしてろ」


 そう言い捨て、フィデルは窓枠より外へ身を乗り出した。


「…船にはもう乗らん。しつこい奴だ」


 呆れてため息をつき、間近に見るヤマの額に見たこともないような青筋が立っている事に気づく。


「殺してくるか、ヤマ」


 追いついたアグリルが窓から見下ろして言う。


「よい。…キースに免じ、逃がしてやる」


 不機嫌に息をつき、男装したキーエンスへと黒曜石の瞳を向ける。湯船に浸かったとはいえ、顔色の悪さはうかがい知れた。


 だが、さきほどまで寝込んでいたとは思わせぬ身のこなしで膝をつくと、ヤマに対し最上の敬意を払った礼をする。


------俺たちにゃできねえ動きだな。ガキの頃から仕込まねえと、こんな綺麗に動けねえ。


 アグリルは窓から零れる逆光の中で、部屋の中央に立つ王とその侍従を見つめていた。そして、音もなく壊された扉の横に立つ楽師にも気づく。

ヤマ同様に発狂するのではと思うほど、彼女の身を案じていた者とは思えない静かな様子に、苦笑する。


------不器用な奴だ。


「ご心配をおかけいたしました。申し訳在りません」


 ヤマの纏う気配が、不意に静まるのを感じ、アグリルは額に手を当てる。


 迎えに来てくれたのね、ありがとぉー!とか言って抱きつけば、それだけでコイツは満足するだろうに。


「無事ならば…よいのだ。…しばらくは、侍従として傍に控えよ。アグリル、馬車を用意せよ」


「はあ?なんでそんなもん?」


 王城までなど、乗ってきた馬で行けばいい。馬車など呼んだら悪目立ちするだろう。馬ならば裏門からさっさと入れる。

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