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小さな明かり取りのある小部屋には、足の踏み場もないほど木片や金属の欠片、ネジなどが散乱していた。寝台には無造作に畳まれた服が積んであり、明かり取りの辺りに毛布の置かれたハンモックが揺れている。
「俺の作業場。寝台みたいにふわふわしたのってだいっ嫌いなんだ。お前使っていいぞ」
寝台の上を片付けて、キーエンスの荷物を放る。
「優しい先輩でよかったなぁ~?感謝しろ」
言葉遣いや態度はともかく、小綺麗な顔をしたフリントが笑うと、華やかだった。
「ありがとうございます。ええと…先輩」
「いいってことよ」
ふん、と誇らしげに胸を張る。そして外套を脱いだキーエンスをじっと見下ろした。
誰もが目を見張るほどの美しい金の髪。煤で汚していてもフードをとれば、その顔や姿の美しさは隠しきれない。華奢な身体付きも、侍従用の服でもわかってしまう。
「お前…」
フリントは口ごもり、深い色を点した瞳でキーエンスを見つめる。
「俺もお前みたいにチビだったから、いろいろあったよ」
そう言うと、再び笑みを浮かべる。
「誰かにヤなことされそうになったら、すぐ言えよ?俺様がぶっ飛ばしてやるからよ!」
なにやら勘違いしたまま結論を出したフリントは、仕事を手伝えと言って再びキーエンスを連れ出した。
船内をあらかた案内すると、フリントは砲台の整備をし始めた。もちろんキーエンスも手伝わされる。旅のために疲れていたが、初めて見る砲台は珍しく、時間があっという間に過ぎてしまった。
『フリント!メシだぞ』
タワシで砲台の煤取りをしていた時、壁に生える金色の筒よりアグリルの声が響く。
「もうそんな時間か。行くぞキーエンス。あいつ腹減ると怒りっぽくなるんだ」
途中の作業はそのままでいい、と言い、フリントは身軽に砲台の小部屋から出る。後につくキーエンスは、さすがに疲れが足にきたようで、動きが遅い。
「お前、なかなかスジがいいぞ。細かい所も丁寧にやるもんな。さすが俺の後輩」
汲み置かれた水桶から水を汲み、顔と手を洗うと、フリントの小綺麗な顔が現れた。それなりの恰好で大人しくしていれば、貴族の子爵と言っても通るだろう。キーエンスも顔と手を洗って素顔を晒すが、自分で見慣れているせいか、フリントは別段驚かない。
二人で食堂に行くと、知っているヤマやイズニークはともかく、アグリルも表情を動かさなかった。
温かなスープを口にしたとたん、キーエンスに睡魔が襲いかかる。ぐらりと傾いた身体を、わかっていたかのようにイズニークが支えた。
「張り切りすぎだな、フリント。もっと気を付けてやれよ」
「ん~、わかった。コイツ真面目だから嬉しくて、ついこき使っちまった」
なにやら不機嫌な顔のまま、イズニークは華奢な身体を抱き上げる。
「ヤマ」
短く呼ぶのみで、ヤマは意を汲み、小柄な身体をそっと受け取る。
「食べててくれ」
そう言い残し、食堂を出ていった。
華奢な身体を、こわれ物を扱うかのようにゆっくり寝台へのせると、ヤマは陶磁器のようになめらかな頬にかかる髪を指先で払う。そのまま指の背で頬を撫で、火傷でもしたかのように素早く手を引いた。
明かりとりより零れる月の光に照らされ、金の髪が柔らかに輝く。煤や旅の埃で汚れていても、宝石のように美しく眩しく見えた。
許されるなら、極上の絹でくるみ、髪も手も下女達に磨かせ、美しく着飾りなに不自由なく過ごさせてやりたい。季節の花が咲き誇る庭に暖かく風通しのよい宮殿を建て、閉じこめてしまいたい。自分以外の目には触れぬように、他の誰にも触らせぬように、奥へとしまいこんでしまいたい。
------できないがゆえに、見てしまう夢…か。
そんなことをすれば、彼女を物のように扱い、執着するかの国の王子と同じことになってしまう。
白く細く柔らかな首筋に付けられた痣を思い出し、眉を寄せる。
------若さと、愚かさがあるからこそ、できるのだろうな。
出来ぬほどの理性と精神力を鍛え上げてしまった。
それでもほんの少しだけ、自分を甘やかすことにする。ゆっくりと寝台
へ身を寄せ、音もなく少女の額に唇を当てる。だがそれ以上は許さず、素早く部屋を出ていった。




