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かすかな振動が寝具の中で眠る男の瞼を震わせた。ぱちりと開かれた瞳は、寝起きとは思えないほど冴えた輝きを放つ。
「こんな夜明けに、客かよ」
ばさりと音をたてて掛布をよけながら寝具より飛び起きる。ドアの横に掛けておいた革の腰帯を巻き付けつつドアを蹴り開ける。
ダダッ、と爆音を轟かせつつ、目の前を馬が駆け抜けていった。土埃にむせながらも、男は腰帯に吊された望遠鏡を取る。
「舐めるなよ、伊達に関所番をしてねえんだ」
馬は三頭。ルナリアの王宮騎士団がよく使う栗毛によく似ている。人影は皆目深にフードを被っているようだが、男は笑みを浮かべる。
------先頭は白髪…いや、銀。真ん中は体格からして女だな。三番
目は褐色の肌。
「アタリだな」
腰帯に挟まれた羊皮紙を取り出す。そこに書かれた内容を一瞥し、ほくそ笑む。
「お尋ね者一行、ご到着ってな」
指を口に当て、短く口笛を吹くと、伝令用の鷹が腕に舞い降りる。
「逃がしゃしねえよ」
素早く鷹の足に色のついた紐を結び、飛び立たせる。
揺れる馬上から背後を一瞥したヤマは、小さく鼻を鳴らす。
------やはり手配書が回っているか。
見つめる小さな背がわずかに強張る。殺気を纏ったつもりはない。
------イズクが精霊を放った事に気づいたか。気配に聡いのだな…
彼女の優れた資質が我が事のように嬉しく思え、笑みを刻む。
放たれた精霊が鷹の足に結ばれた紐を断ち切り、ついでに人に慣らされ消された野生を煽るのを感じ、イズニークは背後を振り仰ぐ。ちいさな点のような鷹がその羽根に気流をつかみ、飛翔するのが見えた。その歓喜を感じる。
すぐに前へと戻されたその秀麗な顔が、笑みを刻んでいたことを見たキーエンスは、どうやら無事に関所を抜けることができたようだと、理解した。独りならば迂回して避けただろう。けれど、その分追っ手に追いつかれる可能性が高かった。ヤマやイズニークまで追われる事になった事実が、重く心にのしかかる。
形のよい唇を噛みしめ、キーエンスはフードに隠された柳眉を苦痛に歪めた。
並駆け足程度に速度を落とし、一行は予定通り港町メズニーへと向かった。
休みなく進み続け、昼前に到着した港町メズニーは、交易の盛んな港街だった。温かな海流が扇形の湾へと流れ込み、ゆるやかに削られた海岸には富裕層の別荘地が立ち並ぶ。だが大地に岩場が多く、あまり農作物はとれない。漁業と交易による収益が街を支えている。
人波の多い道を進みながら、ヤマはキーエンスの隣に馬を寄せ、説明してくれる。
「大きな声では言えぬがな、海賊どもが寄港することで成り立っているのだ、この街は」
ヤマは野性味のある男臭い笑みを浮かべる。
「我がヤマ国の良い取引先の一つだな。…ああ、あるな」
建物が消え、人混みの向こうに大きな船がいくつも列なっていた。どうやら港へ着いたらしい。ヤマは巧みに馬を操りつつ、中でも目立つ多数の砲台を構える船へと向かった。騎乗の不得意なキーエンスは人をよけながら進む事に必死で、フードがずり落ちたことにも気づかずにヤマの後を追う。その見事な金髪の美しさに、人々の視線が向けられた。後を追うイズニークは、苦笑を浮かべる。
船の前で馬を止めたヤマは、キーエンスを振り返った。
「我が国の船、ランデルヒ号だ。海賊も避けて通るほどの砲台を備えている。武器を輸送するゆえ狙われやすいのだ」
人混みは馬をよけて流れていく。船へと荷を運ぶ者達も増え、辺りは騒然としていた。さらに上回るどよめきが広がり、人々は頭上を見上げる。
「~ぃ」
「ん?」
さらに船について説明しようとしたヤマも周囲のざわめきに気づき、上を…ヤマの示す船を見上げる。
影がよぎったのはその時だった。
「おお!やっぱヤマとイズクのにーさんじゃん」
わずかな隙間に飛び込んできたのは、薄い金の髪をもつ少年だった。どうやら船からロープを伝って飛び降りてきたらしい。煤にまみれた姿をしている。革手袋をはめた手で、目に当てていた大きなゴーグルを押し上げる。明るい水色の瞳が現れた。




