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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
アニュス・ディ
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11

 ぞわり、と足下から這い上がる冷気に、キーエンスは産まれて初めて手にした武器を落としてしまった。真横から吹き付ける冷ややかな気配に、視線も動かせずに凍り付く。


「…ヤマ。ここは近すぎる」


 恐ろしいほどに静かに響く声がして、キーエンスの足下に落ちた短剣を拾う影があった。束ねた銀糸の髪が夜目にも輝かしい。


 だがイズニークはキーエンスを見もせずに背中を向けると闇へと消える。


 ヤマの唸り声が響き、軽々とキーエンスは抱き上げられた。そして足音も立てずにヤマもまた闇へと進む。鍛え抜かれた腕に抱かれていると、まるで捕らえられた鳥のようで、キーエンスは身を小さくしながら膝裏を包む腕を見つめていた。顔を上げる度胸は凍り付いたままだ。


 しばらく歩くと、炎が見えた。火を起こしたイズニークが草原に座っている。


 ヤマはひどくゆっくりと膝をつき、キーエンスを静かに降ろした。けれど、腕を放すことはなく、華奢な身体を包み、厚い胸へと引き寄せた。


「無事であるな」


 掠れた声が耳元で呟く。


 心配をかけてしまったのだと、キーエンスは申し訳なく思った。


「…キーエンス」


 イズニークが静かに名を呼んだ。びくり、とキーエンスは身体を強張らせ、ヤマの腕の中からイズニークを見る。イズニークは炎を見つめたまま、手の中の枝を弄ぶ。


「君は、そう簡単に捕まるようなことはないはずだ」


 ぱきり、と音をたてて枝を折る。闇夜に響く音が、とても大きく思えて、キーエンスは震えそうになる身体を押さえる。


「なぜ、捕まったんだい」


 炎に煌めく碧の瞳が、キーエンスを射抜くように見た。


 デイイロ。イズニークが探している楽器。捕まれば手がかりが得られるかもしれない。


「…ごめんなさい…」


「謝罪はいらない」


 手の中で小さくなった枝を炎の中へと放る。いつになく乱暴な仕草に、キーエンスは身を縮めた。


「…デイイロが現れた一瞬、考えてしまいました。…このまま捕まれば、イズニーク様の探す楽器の手がかりを、つかむことができるのでは、と。それが油断となりました」


 美しい碧の瞳に見つめられ、嘘などつけなかった。ヤマの腕を逃れ、キーエンスは頭を下げる。出過ぎたことを、してしまった。


 足音もなく、キーエンスの傍に影が落ちる。イズニークの気配だった。


 地に垂れた金の髪をそっとつかみ、ゆっくりと耳にかけてくれる。耳に触れた指先がひどく熱く感じられた。


「二度としないでくれ」


 それまで平坦だった声が、苦痛に満ちたものになる。ずっと押し殺していた思いが溢れたかのように。


 はっとして顔を上げる寸前に、イズニークの指先が空を滑る。精霊へ命を下したのだ。


 眠りの闇に引きずられながら、キーエンスは必死にイズニークの目を見ようとした。


 ご自分を責めていらっしゃるのでは------。


 地面に倒れ込むキーエンスを片腕で抱き留め、イズニークは空いた手でその髪を顔より優しく払う。


「危なげな娘だ」


 華奢な身体を軽々と抱き上げ、ヤマへと押しつける。


「見せてやればよかろう。イズクが自己嫌悪に苛立つ顔をな」


 見られる前に眠らせたことなど、ヤマにはお見通しだった。


 低く笑い、腕に収めた娘をしっかりと抱きしめる。温かな身体。これが冷たくなり、永遠に失われたのだと思った事など思い出したくない。


「…どうにかしてくれ、その娘。王妃の椅子にでも縛り付けて、動けない

ようにしたらどうだい」


 投げやりに言うイズニークに、ヤマは低く笑う。


「我はな、生きていてさえくれれば、どうでもよいのだ」


 腕の中の娘が、富や栄華など求めていないことはわかっていた。


「------済まない、ヤマ。アニュス=ディのために、君の姫が危険

に晒されてしまった」


 ヤマは頭を下げる友に低く笑って応える。


「我が姫は少しばかりお転婆が過ぎる。だがしたいように振る舞う様は実に愛おしいものであるな。…一つ貸しだ、イズク。必ずアニュス=ディを見つけよ」


 腕の中の娘を起こさぬよう小声で囁くヤマに、怒りの色は見えない。だが、イズニークは困ったように柳眉をひそめる。


「そのことだがヤマ。君の姫が聞き出してくれたんだが…アニュス=ディについて、少し疑問が出来たんだ。師匠と話しをしてみないと」


 ふむ、とヤマは頷く。


「そろそろ戻る頃合いである」


 彼にはめずらしく、不安気に瞳をさまよわせる。


------姫は、ついてきれくれるだろうか。


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