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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
嘆きの日
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     16

「お食事中だったのですね」


「一人のメシは飽きた。つきあえ」


 椅子を引いて、キーエンスを座らせる。バンキムが詳しく出自を語らないが、その洗練された仕草から、高位であることは察せられる。


「いつも…ばたばたと帰って来ては、慌ただしく城へ行くことばかりですね」


 バンキムは葡萄酒の入った銀杯を傾けながら、わずかに笑む。

 妻や息子は、城へ帰る、と言葉を使う。家はここであるのに。


「食事を最後に摂ったのはいつだ?精気がない」


 銀杯を置き、鋭くキーエンスの顔色を見る。


「覚えていません…。剣を持つ者として失格ですね」


「ああ。食える時に腹に入れろ」


 いつの間に指示したのか、キーエンスの分の食事が運ばれてきた。

 食欲がなかったが、バンキムの言う通り、食べられる時に入れておくべきだと思い、口へと押し込む。

 しばらくそんな娘を眺めていたバンキムは、ため息をついた。


「やれやれ。その首のアザをつけたのは、どこのどいつだ?」


 がしゃん、と思わず食器を鳴らして、キーエンスは赤面する。ちらりと給仕の者達をみるが、屋敷の侍従達はすべてバンキムのしつけがゆきとどいている。口は堅い。


「…王子です。恋人になるようにと、請われました」


 バンキムは応えず、葡萄酒を口に運ぶ。

 えもいえぬ気配が漂う。バンキムの闘気かもしれない。

 給仕の者は葡萄酒がカラであることに気づいていたが、ここは動かぬほうが良いと判断し、石像のようにただ立つことに専念した。


「---それ以上は許すな」


 キーエンスは知らず首を押さえ、頷いた。


「あ…でも」


 ふと思い出し、言いかけると、バンキムが銀杯を倒した。


「許したのか!?」


 殺気を溢れさせながら、怒りを露わにバンキムが怒鳴る。


「い・いえ違います。私ではなく…」


 普段冷静なバンキムの怒りを生まれて初めて見たので、動揺しながら応える。


「兄上です。…その…ある女性と、婚約するかもしれません」


 話してもいいものか、と逡巡するが、ゆくゆくはこの家に嫁ぐことになるのだから、と決心する。


「ご懐妊なさったのです。…残念ながら、流れておしまいになったそうですが」


 ふ、とバンキムは息を吐く。剣の指南を受ける時にする、呼吸に似ていた。

 気を静めようとしているのだろう。


「キィがそんな話し方をする相手と言えば…エレンテレケイア姫か」


「…はい」


 ふ、と再び息を吐き、バンキムはしばらく無言で倒れた銀杯を見下ろしていた。


「礼を言うぞ、キィ。知らぬままで過ごすところだった」


 キーエンスを見つめ、穏やかに笑う。

 それでも、奥に渦巻く闘気を感じた。

 悲しげに、キーエンスはバンキムを見返す。


「---父上も…兄上を殺したいほどお怒りになるのですか」


 バンキムは笑ったまま、銀杯を直す。軽く指を動かし、給仕に葡萄酒をつがせた。


「シリウスが怒り狂うのは目に見えるようだな。…俺は男だ。好きな女が目の前にいたら、押し倒したくなる気持ちはわかる」


 ふん、とおもしろくなさそうにキーエンスの首筋を一瞥し、鼻をならして銀杯を煽る。


「だがなキィ、姫はそこらの娘と違う。姫の婚姻には政治的な思惑が絡むものだ。身体の弱い姫のことだ、遠くに嫁ぐことはなくとも、各国に轟く美貌の姫だ。あらゆるウマイ条件をぶら下げて娶りたがる王族は多いだろう。

 横からそれをかっさらったとあっては、大臣達もいい顔をしないだろう。それに、仮にキィがそんな事になってみろ?俺なら大剣を振り回すな」


 そして相手の男をみじんに切り刻むだろう。

 はっと息をのみ、キーエンスは食事の手を止める。


「ヤマ国の王が…姫に求婚をなさいました。永続公約を掲げたそうです」


 険しい顔で、バンキムは銀杯を置く。


「武術の国ヤマか…。王はどうするつもりかな」


 いや、こたえはわかりきっている。


 そんなおいしい縁談を無視する訳がない。


 ふと、バンキムはキーエンスの豪奢なドレスを見た。まさしく王家の姫にふさわしいその姿。


「最近の公式行事は、キィが姫として出席していたんだろう?では、ヤマの王が見初めたのは…」


 キーエンスは俯き、頷く。


「私…でしょうか…やはり」


 バンキムは声をあげて笑う。


「国の世継ぎと王を魅了した姿を目に焼き付けておこう」


 笑いながら、バンキムはキーエンスを見つめ、そしてゆっくりと瞼を閉じた。


「父上?」


 キーエンスの問いには答えず、バンキムは立ち上がった。


「城へゆく。支度を」


 侍従に言い、つられて立ち上がるキーエンスに座るよう手で制す。


「キィは食事をして、休め」


 そう言い残し、バンキムは出ていった。

 

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