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双剣の舞姫  作者: 黒猫るぅ
アニュス・ディ
150/264


 壁に背を預け、廊下に並ぶクリスタル製の窓から外を眺める。廊下に点された獣油の明かりが橙色に窓を染めていた。

 赤い月が夜空に輝き、星が瞬く。夜通し獲物を待つ訓練を騎士の元で行ってきたレイダには、徹夜など大した苦ではない。ただ、今頃作戦を行っているアーリル率いる一陣が気になって落ち着かなかった。


 アーリルは実戦の経験が少ない。今回の遠征もとても緊張していた。身分からして率いる立場にあったが、部下の中のカダール派の騎士の方がはるかに勝る腕を持っている。


 アーリルの団には、カダール派は何人いただろう、と考え、多めに差配したことを思い出してホッとする。それが悔しくもあるが、事実彼らの腕が確かなのは認めていた。


 かちり、と扉が音をたて、夜着を羽織った少女が現れた。


「お前、なに考えてんだ?」


 二つのカップを手に、キーエンスは笑う。化粧の落とされた顔はあどけなく見え、レイダはどきりとして身を離す。


「早く寝過ぎた。目が覚めたんだ」


 カップを差し出すと、しぶしぶ受け取り、レイダは夜着姿の少女から目をそらす。


「一応姫なんだからよ、そんな恰好で紳士の前に来るな」


「そうだね。レイダ殿はとても紳士的な男だ」


 にこりと笑って言うと、レイダはイヤそうに見下ろす。


「あのなぁ、薬で眠らされた女をどうこうする下劣なヤツは騎士団にいねえよ。だが夜着姿で目の前うろつかれて平静でいられる騎士は、そうそう居ないぜ?あんたみたいな女ならほとんど襲いかかるからな、やめろよ」


 笑いを堪えて、キーエンスは頷いた。


「わかったわかった」


 のんびりと茶を飲むキーエンスを見下ろし、ついその髪や手に目が行きそうになるのを堪え、レイダは窓へと目を移す。そこにうつる少女が、目を上げた。


「アーリル殿やメイヴ殿とは、いつからの付き合いなのだ?」


「…7年…8年になるな。騎士の洗礼を受けた教会が同じだったんだ。…腐れ縁だな」


 かぐわしい香りに気を落ち着かされ、レイダはふと笑う。


「アーリルは綺麗な顔をしてるから、メイヴは初め女だと勘違いしていたんだ。あいつはガキの頃から目が細いからな、世の中まともに見えねえんだろ」


「アーリル殿は一陣なのだろう。ご無事だと良いが」


「ああ」


 レイダは空になったカップを見下ろし、一団を任せた時のアーリルを思い出した。とても喜んでいたが、正直不安が残っていた。本音を言えば、今年も自分の陣で戦わせたかった。けれど、守り役にもなったというのに、団を任されないのは本人もイヤだろうと思った差配だった。


 ぽん、と腕を叩かれ、空のカップを持って行かれる。


「私が祝福をしたのだ、そうそうやられぬよ。…おやすみ」


 ひらりと手を振り扉へと去る少女を引き留めたく、つい手を伸ばしたが、取っ手はがちゃりと空しい音をたてた。気のせいか、不自然な閉まり方だったようにも見える。まるで目に見えぬ力が働いたかのような。


 まさかな、と苦笑して、レイダは再び壁に背を預ける。アーリルは無事に戻る、と、なぜか感じられた。


 湯を沸かしたランプが冷えているのを確かめ、キーエンスはあくびを漏らした。


 ふわりと髪がそよぐ。風の精霊が戯れているのだ。


「おやすみ」


 笑みを残し、寝台へと潜る。間もなく聞こえる寝息に、イズニークはため息をついた。


「危なかしい娘だ」


 酔いつぶれたヤマに掛布をかけ、あくびをもらして寝台へ向かう。風の精霊が髪を弄ぶ。


「おやすみ」


 どうにも目が離せぬ娘の寝息を運んできた精霊を手でねぎらい、イズニークも寝台へと潜る。彼女の部屋を守る精霊の気配を確認すると、ようやく眠りに落ちた。


 




 翌朝、身支度を終えたキーエンスはレイダと交代したメイヴと共にヤマの居室へと向かう。カーテンを開けると、ヤマは低く唸った。


「…まだ寝ていたいぞ…姫」


「わかりました」


 てっきり二日酔いで苦しんでいるのだと油断したキーエンスは、するりと腰に巻き付くヤマの腕に驚く。


「ヤマ様!」


「うむ、やはり細い…が、抱き心地はなかなか…」


 びしり、とキーエンスが容赦なくヤマの鼻を指先で弾く。イオにしていたのと同じだと気づいたヤマは、機嫌良くキーエンスを離す。


「痛いぞ、我が姫」


「目が覚めたのならお起き下さい」


 キーエンスはすたすたと足早にイズニークの居室へ行く。


「おきられますか、イズニーク様」


 しばしの間の後、イズニークがゆっくりと身を起こす。


「…髪…梳いてくれないか」


 いつもより増えた単語に、キーエンスは少し驚きながら、そっと櫛を通す。目を閉じたままのイズニークは眠っているかのように動かない。


 からまりひとつない銀糸の髪を手に、丁寧に梳く。サラサラと流れる様が美しく、キーエンスは飽くことなく梳き続けた。


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