15
「やめろアーシュ!」
さらに振り下ろされた手をつかみ、アルカイオスはなおも殴ろうとするアシュトンを背後から羽交い締めにする。
「もういいから、お前は屋敷に戻りなさい」
駆けつける侍従と共に現れたシーリーンは、倒れたキーエンスの手を取り立ち上がらせて言う。
「永続公約…とは?」
「現ヤマ王の御代が終わったあとも永続して、我が国に対抗する勢力には、いかなる武力も貸さぬ、とヤマ王がおっしゃったのよ。…我が国にとって、この上もない約定」
シーリーンの口元がわずかにゆるむ。
「ヤマ王には言うべきだ!出会ったのは身代わりの娘だと」
アシュトンが叫ぶ。
かっとなって口を開いたアルカイオスが何か言う隙を与えずに、シーリーンが言った。
「ナナイの存在は秘密なのですよアシュトン」
冷ややかで殺気の籠もった声が響き、その場が凍り付く。
「---さぁ、もうお前はお下がりなさい。…ゆっくり休むのですよ」
見たこともないほど優しい笑みを浮かべ、シーリーンはキーエンスの背をそっと押す。
シーリーンの背後で、アシュトンを羽交い締めにしたまま、アルカイオスが頷いた。
早くこの場を離れるんだ。
キーエンスは頷きを返し、城を後にした。
着替える事ができなかったので、馬車を使ってドリーシュ家の屋敷へと戻った。
出迎えた数少ない馬丁や侍従は、初めて見るキーエンスの豪奢なドレス姿に、驚きを隠せずにいた。屋敷にいるときは、バンキムの剣の指南を受けるために、馬丁と同じような格好ばかりしていたからだろう。
「良く似合うじゃないか」
さして驚きもせずに、ホールに出迎えに出てきたバンキムはしげしげをキーエンスを見て言う。
「ごめんなさい。着替えることが出来なくて」
「謝る事などない。お前も年頃なのだから、ナナイとしてではなく、一人の娘として着飾って欲しいもんだがな」
無精髭を軽く撫で、無骨な手をさしだし、妙齢の婦人を扱うかのようにバンキムはキーエンスを食堂へいざなった。