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いつになく盛り上がる騎士達を睥睨し、レイダは浮き足だって馬鹿な真似をする騎士がいないか観察する。あまりの見事な戦いの姫の剣さばきに、すっかり皆心酔したような目を向けてくる。
「ヴランウェン卿、頼みがあるのだが」
高位の騎士に呼ばれ、レイダは顔を向ける。
「なんだ?」
「姫に祝福を戴きたい」
守り役に囲まれ、奥で儀式用の剣を眺めている姫にうっとりとした目を向けて言う。
「…すまぬが、姫はお疲れだ。聖水の盆は祈祷室に保管する。担当の者に頼むといい」
聖水で我慢しろと言い置き、レイダは背を向ける。
「すまない、それは無理だ」
同じような事を頼まれているイオも困ったように断り、キーエンスを振り返る。
それより早くレイダはキーエンスへ歩み寄る。
「姫、退出なさってください。…お疲れでしょう?」
剣を眺めていたキーエンスの手を取り、促す。
打ち合わせでは、この後希望者に聖水をかけると言っていた。キーエンスはレイダを見上げ、どうやら急いでいるようだと感じる。
「はい」
そのまま手を預けていいのだろうか、とヤマを見上げるが黒曜石の瞳は深い色でよくわからない。
「…ではヤマ様、お願いいたします」
行きと帰りが違う介添者というのはおかしいだろう、と判断し、キーエンスはにこりと笑んでレイダの手より逃れ、ヤマへと手を差し出す。
「うむ」
ヤマは表情もなく、ただこわれ物を扱うかのようにそっとキーエンスの手をとる。
イズニークは目を伏せたまま、ただつながれた手をみやり、笑む。
王と共に歩く姫に近づける者などなく、祝福を求めて殺到しそうだった場は静まり、戦いの姫を見送った。
これが守り役だけだったならば、そうはいかなかっただろう。
ヤマの居室へと戻った一行は、室内の護衛にイオが残り、レイダ達は廊下の警護に交代で当たることになっていた。
「お茶でもいれましょう」
「うむ」
返事はしたものの、ヤマは離し難いのか、じっとキーエンスの手をみつめる。
「ヤマ様?」
イズニークが言葉をかける前に、ヤマは仕方なく手を離す。
やれやれ、とイオは眺めながらため息を押し殺した。どうやらこの王族も、キーエンスを気に入ってしまったようだ。
不思議に思いながらもキーエンスは茶器を並べて湯を注ぐ。
「みんなびっくりしていたな」
ぼんやりとキーエンスの手元を見ているイオへ言うと、イオはくしゃりと顔を崩して笑う。
「君が神出鬼没だってこと、今更おどろかないさ。…でもまぁ、君に会えて喜んでいたね」
今回の遠征はヴランウェン派が優遇されている。守り役の三人があちらの派閥だからだろう。不満をためていたカダール派が落ち着くには、丁度良かった。
「みんななら口止めなどしなくとも黙っていてくれるだろう。皆元気そうでよかった」
「あー、トッソはねぇ。従騎士の間で噂になってた金髪の綺麗な侍女のこと追っかけるって騒いでたけど、あれって君なんだろ?…また失恋かぁ、しつこいよね、あいつも」
「…このまま隠れていよう。なにかと面倒だ」
リゼビア姫は身体が弱く、あまり人前に出ないということにして、毎年行っている騎士との晩餐もやらないことにしてある。本物のリゼビアを知る者がいたら騒ぎになるからだ。
「そうやって面倒がって後回しにするから、こないだみたいにこじれるんじゃないかい」
「何度もはっきり断ってる。この間は居室が知られていたから、逃げられなかったんだ。もう送らせないから大丈夫」
「どうだか。彼なら壁をよじ登って夜ばいしそうだよね。鍵かけて寝るんだよ?君って結構抜けてるからなぁ。さっきだって、長剣の露払いなんてしちゃだめだろう。一応深層の姫君役なんだから」
「あんな立派な剣が錆びたら大変だろう」
「姫君はそんなこと気づかないものなんだよ。去年なんて剣は落とすわ、泣き出すわで大変だったらしいよ。姫君ってそういうもんなんだろ?」
「…私の仕えた姫は、剣など見たこともないだろう。ましてや触れるなど卒倒なさるかもしれん」
遠くを見るような目で呟き、茶を器へ煎れる。




