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「私の赤ちゃんが…死んでしまった」
両手で顔を覆い、寝台の中で身を縮める。
アシュトンがいる間、我慢していたのだろう。がくがくと震えながら、声を殺して泣く。
その姿に胸を痛め、かける言葉もみつからず、キーエンスはそっと背を撫で続けた。
やがて泣き疲れてぐったりとしたエレンテレケイアに気づき、キーエンスはそっと水を差しだした。
エレンテレケイアは泣きはらした顔を隠しもせず、そっと身を起こす。腹部が痛むのか、かすかに眉を寄せる。そして水の入った銀杯を受け取り、ほんの一口呑み込んだ。
「キース…わたくしの大切なナナイ…。あなたがわたくしのナナイで、本当に良かった」
真っ青な顔色のエレンテレケイアは、まるで人形のように精気がなく、そして美しかった。
「まだまだ、未熟であると母上に叱られています。エレンテレケイア様のように明るく、朗らかに、お会いする方々とお話しすることは、とても難しいです」
「キースの良いところは、奥ゆかしく、素直なところよ。アーシュと同じく、控えめで…そしてとても優しい」
にっこり、と微笑む。一瞬で華やぎが生まれる。精気のなさなど、感じさせないほどに。
微笑んだまま、はらはらとエレンテレケイアの瞳から涙がこぼれた。
「あぁ…アーシュ」
からん、と音をたて、エレンテレケイアの手より銀杯が落ちる。
「わたくしはどうしても赤ちゃんが欲しかったの…。愛するアーシュに、わたくしの忘れ形見を遺したくて」
「何を言うのです、姫」
落ちた銀杯がつま先にあたり、乾いた音をたてた。
「わたくしのナナイ…」
蝋のように白い手がキーエンスの頬に触れた。
ぞくりとするほどに、冷たい。
「あなたがアーシュの妹でなければ…代わりに抱かれてもらったのに…」
お母様のように。
暗く陰った水色の瞳が、キーエンスを見つめ、小さな呟きが響いた。
わたくしたちは、お父様のナナイとお母様の子。お父様は女を愛せないのですもの。
脳裏に、エレンテレケイアの声が響く。
エレンテレケイアの顔色が移ったかのように、キーエンスも青ざめる。
「わたくし疲れたわ」
緩慢な動きで寝具に身を横たえ、キーエンスに背を向ける。
「お休みなさいませ」
そう言うキーエンスの声は、震えていた。
床に落ちたままの銀杯を拾うが、指先が冷え切って強ばっている。
血が抜け落ちたかのようだ。
ぞっとして、キーエンスはそっと立ち上がった。
浅い寝息を背後に聞きながら、部屋を出る。
音をたてずに扉を閉め、ほっと息をつく。
「待てアーシュ!」
遠くからアルカイオスの声が聞こえてきた。そして、駆ける足音が近づく。
振り向くと、アシュトンが怒気を孕んだまま向かってきた。
「お前のせいだ!」
振りあげられた手をよけることもできた。
けれど、しなかった。
ぱん!と頬を打たれ、その勢いで頭を壁にぶつける。
「ヤマ王が永続公約を引換に、姫に求婚してきたぞ。…お前が娼婦のように愛嬌を振りまくからだ!」




