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やがて陽が傾き始めると、一行は早めに歩みを止めた。戦いの姫のことを思いやってのことだ。貴族の娘に、一日中馬車で揺られるのは拷問だろう。
従騎士達が荷を運び、野営のためのテントを立て始める。高位の騎士達の小さなものと大きなテントが二つ。一つは戦いの姫用であり、もう一つはヤマ王のものだ。
戦いの姫には大勢の侍女や従者が付き従い、荷もまた多くあった。テントにはおさまりきらず、馬車に寝泊まりする者もいるほどだ。
馬車で休むと言うキーエンスを、ヤマは自らのテントの隅に仕切をつくり、キーエンス用に部屋を作ってまでテントで休むようにと言った。
「侍女をテントに休ませるなんて聞いた事がありませんよ。…愛妾じゃあるまいし」
ぶぅ、とお茶を吹き出して、ヤマは慌てる。
「な・何を申すか」
なにやら酷く焦るヤマを制してイズニークは碧の目をキーエンスへ向ける。
「他に侍女仲間がいればよいけれど、君一人を馬車になど置いておけないよ。目の悪い私の世話のためだとでも言えばいい。どちらにせよ、ヤマが安心して休むためには君はこちらにいなさい。馬車に行っても、どうせヤマも馬車の横で野宿するよ。意外に紳士だからね、ヤマは」
仕方なく、キーエンスは従うことにした。確かに、ヤマがここまで言い張る様子だと、馬車の傍で見張りでもしそうだった。
「イズクの言う事には素直に従うのだな、キース」
「君は言葉が少ないんだよ、ヤマ。不器用なんだから」
確かイズニーク様の方が年下だったはずだが、とキーエンスは笑い席を立つと、ヤマが腰を浮かせようとした。
「ご心配ありがとうございます。でもそこら中騎士殿がいらっしゃるのです。無頼な輩などおりませんよ」
馬車へ行って来ますと言い置いてテントを出ていく後ろ姿を見送り、ヤマはむすりと押し黙る。
「だから心配なのだよね、ヤマは」
ぴろり、と間の抜けた音をわざとにかき鳴らし、イズニークはヤマを一瞥する。
「跳ねっ返りめ。大人しく我の傍にいればよいものを」
イズニークは肩をすくめてただ楽器をつま弾いた。
着替えや櫛など、そう多くない荷物を持ち、キーエンスは馬車から降りた。見張り役の従騎士が二人、愛想よく笑顔を向けてくる。
「見張りご苦労様」
キーエンスも笑顔を返すと、そばかすの浮いた若い従騎士の一人が顔を赤らめて立ち上がる。王宮付きの侍女に話しかけられることなど、初めてなのだろう。
「あ、あの、侍女殿は、今夜はテントでお休みになるのですか」
「はい。イズニーク様は目がお悪いので、何かと手が必要なのです。殿方ばかりの馬車ですと、あまり荷物も多くありませんが、よろしくおねがいいたしますね」
荷を手に丁寧に応えると、従騎士は身軽に馬車の御者台から降りた。
「テントまでお送りします。うす暗くなってきました」
ほんのすぐそこのテントだったが、使命に燃える真剣な顔を見ると、断るのは申し訳なく感じ、キーエンスは微笑んで申し出を受けた。
従騎士の体格はレイダやイオに比べると華奢に見えた。まだ若いのだろう。腰に差した剣は手入れが行き届いているようで、粗末ながらも綺麗に輝いていた。
よい剣士なのだろうと、キーエンスは微笑む。
「あ、あの、侍女殿はヤマ国の方なのですか」
ヤマがただ一人傍に置く侍女なので、そう思ったのだろう。
「いえ、私はルナリアの者です。ラティエル殿下の紹介で、ヤマ様に仕える事になりました」
従騎士はそばかすの浮いた頬をひきつらせる。
「ラ・ラティエル殿下の…」
性別を偽り、出奔していた第一王子と、どういう関係なのだろうと思いあぐねる様子が手に取るようにわかる。けれど、それを聞くのは礼を失する、と思った従騎士は、なにも言わずに口をつぐんだ。
「従騎士殿はルナリアのご出身なのですか」
「え・あ、私はルナリアの辺境の地、ザイーラの出身です。石切夫の息子ですが、他にも兄妹がいますので、つてをたよって従騎士見習いになりました」
見習いから正規の従騎士になるには、何年もかかるのだろう。きっと幼い頃から、故郷を離れてルナリアに来たのだと、キーエンスは思った。
「ザイーラを出たのは、おいくつだったのですか」
「6歳の秋です。…従騎士仲間も、皆それくらいの歳に見習いになったようです」
わずか6歳で、とキーエンスの目に浮かんだ憐憫の色を見た従騎士は、にこりと笑う、が、その笑顔が強張る。
「よお、キーエンス」
低くよく響く声がした。顔を向けると、見上げる程の巨体を黒い鋼の鎧に身を包んだレイダが立っている。




