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だん、と高く跳躍し、道端に投げ出された酒樽の山を飛び越える。散乱した生ゴミや酒の溜まりを器用に避けて着地し、巨体に似合わぬしなやかな動きで再度駆け出す。
下町には珍しい金の髪は首の後ろで無造作に束ねられている。足音もなく駆けるたびに腰に帯刀した長剣が鈍い音をたてる。長剣の柄には紋章が刻まれていた。黒アザミの紋はヴランウェン家のもの。
アザミは王太子の紋である。ヴランウェン家は王太子系の貴族なのだろう。
「オラオラ、もう終いかよ?大口叩いて逃げ出したワリには、情けねえなぁ」
生ゴミにまみれながら道端で派手に転ぶ男を見下ろす。ゆったりとした足取りで男へ歩みよるが、長い足はわずか数歩で距離を縮めてしまう。
「痛い目に合わねぇうちに、出すもんだしな」
脅しのために剣を取り出す必要もなく、ただ剣呑に笑むのみで、転がる男は縮み上がった。
そんな一行を見物する物好きな者がいた。城下町での喧嘩は景色の一部のようにありふれたものなので、わざわざ興味を持って見る者などそういない。
転がる男も気づいたようで、道端でこちらを見ていた少年に駆け寄った。
「た、助けてくれ!なああんた、金持ってるか」
性懲りもなく通りすがりの少年にまで金を無心する男。
レイダは苛立たしげに舌打ちする。
「いいかげんにしろよてめえ」
「け・剣!あんた傭兵か!」
すがりつかれた少年の腰に帯刀された細剣に気づいた男が、歓声を上げる。
「雇う!10ベル…いや、50ベルやろう!この男を追い払ってくれ!」
少年の背に周り、大声でまくしたてる。
革の外套に身を包んだ少年は、フード越しに背後の男を一瞥した。
軽く肩をすくめたかと思うと、一瞬にして体をひねり、背後の男の側頭部へ踵を打ち下ろす。
「断る」
生ゴミと土に汚れた男が、レイダの足下に投げ出されるのと同時に少年は呟いた。その意外にも高い声にレイダは気づかず、どかりと男の首筋に手刀を打ち下ろして気絶させると、機嫌良く口笛を吹きながら転がる男の懐を漁る。
「おお、やっぱ持ってんじゃねえか。大人しく出せっての」
財布を取りだし、中身をすべて取り出す。さらに足首や帯に隠された金も根刮ぎ奪う。
もう用はないとばかりに、レイダは奪った金を数えながら立ち上がる。
「ちと足りねえが、まぁいいか」
「…追いはぎ…ではないんだよな?」
不安のにじむ呟きに、レイダは少年の存在を思い出す。
「おお?」
振り向き、少年を見下ろす。顔はフードに隠れて見えないが、体つきは小柄で外套からわずかに見える剣の鞘は細く、細剣なのだとわかる。
だが、その立ち姿に隙はない。年若く傭兵なんてものをやるからには、それなりの腕前なのだろう。
「掛札で負けたのに、逃げやがったんだ。俺は正統な掛け金を戴いたんだ。追いはぎなんてセコイことしねえよ」
剣の柄が二つ見えることに気づき、レイダは感心を込めて笑みを刻む。
「細剣の双刀使いか。おもしれえ。飲まねえか?奢るぜ」
せしめた金を振りながら言うと、少年が首を傾げた。
なにか見覚えのある仕草に、レイダは酔いかけの頭を働かせる。だが、思い出す前に少年はフードを取った。
「奢りに来たのだ。奢られる訳にはいかないな」
無造作に編まれた輝くような金の髪、けれど匂い立つように美しい顔は薄汚い土色で隠されている。
念入りなことにえもいえぬ色香の漂う首筋にまで、汚れたような色がついていた。間近でよくみなければ、女だとは思えない姿だった。
章分けしました。中身は変わりません。
レイダ、再登場。




