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「あの王子にも困ったこと。貴女でなければ、逃げ切れなかったでしょう」
ため息をついて、ダラティエを見つめる。
「知っていたのか」
「フリアを嫁がせるためよ。…悪いわね、従姉妹殿」
「道理で報酬が多すぎる訳だ」
ルナリアの王族は先を読む力があるとバンキムに教わっている。
疲れたため息をつくキーエンスを、ダラティエは苦笑して見下ろす。
「もう充分働いてもらったわ、従姉妹殿。あとはこの方達が国へお帰りになるまで、仕えて欲しいの」
わざとらしく、ヤマとイズニークへと笑顔を向ける。
「なんなら武術の国、ヤマ国まで護衛したらどうかしら。旅の最中に女手があると便利よぉ」
にい、と口の端をつり上げ、ダラティエは無表情を装うヤマを見る。
「確かに興味はあるが…、一度カダールへ行こうと思っていたんだ」
「あらあら、だめよぅ。あの王子はまだ諦めていないわ。さっさとルナリアを出なさい」
作り笑いを消して、ダラティエはキーエンスへ向き直る。
『妻を娶ろうとも、キダータの王子はそなたへの執着を募り続ける』
奇妙に響く声で呟く。
「きちんと話してわかって貰おうなどと思わないことね」
ばさりと裾をさばき、ダラティエはヤマへと向き直る。
「では、失礼いたしますわね、王」
含み笑いを浮かべ、暗に先ほどの件をすすめろと促す。
むすり、としたままヤマは腕を組む。
「アルタの鉱山と、ナルユの銀鉱山を買い取ろう。…どうせ職人もいないのだ、持てあましておるのだろう」
えぇ?と不満の声をあげつつも、ダラティエは思案する。たしかに、よく議題に上る懸案だった。掘れば出てくる事はわかっていながらも、加工の技術がそう進んでいないために、一時閉山しようかとも意見が出ていたほどだ。それが高値でヤマに売れれば、鉱夫達も職を失うことなく暮らしていけるだろう。
「…仕方ないわねぇ」
なにやらぶつぶつとこぼしながら、ダラティエはぞんざいに裾をつまんで礼をする。
「あとで誰かに荷を届けさせるわ。もう西の棟には行くんじゃないわよ」
キーエンスへ言い、含みなく笑む。
「じゃあね、あとは自由よ、従姉妹殿」
ひらりとごつい手を振り、ダラティエは立ち去った。
さて、どうするかな、とキーエンスはダラティエに乱された髪を戻し、ヤマを見上げる。
無表情のまま、ヤマは黒曜石の瞳でキーエンスを見つめていた。
「銀芯緑茶の冷茶」
それだけ言うと、ヤマは四阿へと行ってしまう。
「歓迎するよ、侍女殿。なぜか私達はルナリアの従者達に歓迎されていないようだ。皆近づきたがらないんだ。ヤマが人払いすると、すっかりいなくなってしまった」
どうしてだろうね、と穏やかに笑い、イズニークは立ち上がる。銀糸の刺繍がほどこされた長衣がさらさらと涼やかな音をたて、イズニークの動きに合わせて流れる。
ヤマと並んでいると痩身に見えるが、意外にもヤマと同じくらい背が高く、がっしりとした体つきをしていることに、キーエンスは気づいた。
「それは申し訳ないことをいたしました。…お手を」
ヤマのいる四阿まで導こうと、手を差し伸べると、イズニークは笑う。
「親切な侍女殿。私は精霊が手助けしてくれているのだよ?」
キーエンスは目の端に土埃がわずかについた長衣をうつし、ケガはないだろうかと心配になる。
「慣れぬ国の庭は危のうございます。大切な指が傷ついては大変です」
言い募るキーエンスに、イズニークは大人しく手を差し出した。弦をつま弾くために硬くなった手のひらを自らの肩に乗せ、キーエンスは四阿へと向かった。
人工的に作られた浅い池に沿って小道を進む。
「侍女殿は…ラティエル殿下に雇われていたのですね」
キーエンスの体より立ち上る、ほのかな花の香りに頬をゆるめながら、イズニークは呟く。
「…はい。フリア姫の護衛として雇われておりました」
「王宮で働く素養を持ち、護衛もできる腕を持つとは、貴重な侍女殿だ」
心地よく響くイズニークの低い声に、キーエンスはわずかに背後を振り仰いだ。
「私はただの傭兵でございます。侍女として働いたことなど初めてですので、至らぬことばかりです」
ナナイとして王宮で過ごしたのは、わずか12の歳までだ。しかも、エレンテレケイアの身代わりとして公式行事ばかりだった。エレンテレケイアは寝込んでばかりだったので、身の回りの世話は医師か、専門の侍女がしていた。侍女らしい仕事など、本当に今回が初めてだったのだ。
くつくつと、イズニークが喉の奥で笑う。
ラティとキーは気の相性がいいので、占の調子もかなり良くなります。キーの勘も冴えます。
ムーンライトさん 『双剣の舞姫 朱色の楼閣』 にて、またまたR18投下しました。
イメージを損なう可能性がありますので、エロが好きな方だけ、覗いてやってください。




