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近隣国の中でも、独身の王が統べるのはヤマ国だけだった。彼の目に叶う姫は、そのまま武術大国ヤマの王妃になれる。兵法や武具の精錬技術など、大陸一の力を持つヤマに対抗できる国など、そうない。
ヤマは武力を出し惜しみせず、兵士や職人の貸出も行っている。ヤマの機嫌をそこねることなく、無事に自国の治安を維持するために、各国の大臣は頭を悩ませていた。
報せを受けたダラティエは、不機嫌に扇を開け閉めしながら、使いの者とソーヤーを睨み付ける。
「…そのくらいのこと、ワタシに聞かぬとも判断できるでしょうに」
疲れたように息を吐き、重い動きで立ち上がる。
「だから長居はしたくないのよ」
「姉上…」
ダラティエは応えず、そのまま部屋を出ていった。
ヤマに与えられているはずの客室へ向かいながら、ダラティエは額に飾られた石に意識を集中する。
「請けたからには、やってやるわよ」
一国の王を迎えているわりに、その辺りに従者や衛兵の姿はない。王が人払いをしているせいもあるのだろうが、それにしても、この扱いは礼を失するのではないかと、ダラティエはいぶかしんだ。
とりつぐ従者も見あたらぬので、ダラティエはあきらめて自ら扉を叩いた。
中より応える声はない。
ふわりと風がそよぐ。背後に広がる小庭の木々は揺れていないというのに、不自然な風だった。
ぎぃ、と不気味な音をたて、扉がわずかに開く。
「ヤマ王?」
奇妙なことだ、と訝しげに眉をひそめつつ、ダラティエは女性にしては大きな手で、扉を押し開いた。
ふわり、と風が頬をなでる。
かしゃり、と広い室内に音が響く。みると、大きな中庭へと続くクリスタル製の扉が、半開きになってかしいでいる。
中庭におられる。
額の占石がそう教えてくれる。
そろりと室内へ歩をすすめると、小さな音をたてて背後の扉が閉まった。
「偶然にしては…不気味だこと」
従者達が近づかないのは、このせいなのかもしれない。
中庭へ降りると、うららかに陽が差す中、控えめな管弦がつま弾かれる音が聞こえてきた。石作りの四阿の辺りだろう。
ダラティエは庭を横切り、四阿に寝そべる長身の男を眺めつつ歩み寄る。
獣のように黒光する肌。編み込まれた艶やかな黒髪。鍛え抜かれた体はしなやかで、寝姿ですら隙が感じられなかった。
日陰に佇む青年に気づき、ダラティエは目礼する。気配もなく座る青年は楽器をかかえ、布に包まれた目元をダラティエへ向けてうなずく。見えぬはずなのに、イズニークは立ち上がり席を外すために四阿を出ていく。
「お休みの所、申し訳ありませぬ…ヤマ王?」
そう控えめに声をかけるが、静かな寝息は乱れない。
腕を組み、四阿の入り口に寄りかかりながら、ダラティエは意地の悪い笑みを浮かべる。 どうにもムシの好かない相手だわ。
「金の髪の侍女が、まもなくこちらへ来ますわよ。だらしのない寝姿を見られてもいいのかしら」
ぴたり、と寝息が止まる。
不気味な静けさに、ダラティエが内心冷や汗を流していると、ようやくヤマが身を起こす。
「何の用だ、占者」
ダラティエの思惑通り起きることになったヤマは、それがおもしろくなく、不機嫌に黒曜石のような瞳を鋭くして見上げてくる。
「貴方はかつて、永年公約を掲げ、世に名だたる美姫を手に入れようとなさいました」
ヤマは応えず、冷ややかにダラティエを見つめ続ける。
「…永年とはいわぬ、王が統治する間でよい。公約をおよこし」
にい、と赤く塗られた唇をゆがめる。
黒曜石の瞳が細くすがめられた。
「我が承諾すると思うのか」
低く、地の底から響くような声音でヤマは言う。ダラティエは額に力を込めながら、笑みを深める。
「希代の占者を疑うのかえ」
ヤマがわずかに眉を寄せるのをとらえ、やはり、とダラティエは内心安堵する。この王はあの娘にただならぬ執着を抱いている。公約すら、差し出すほどに。
オカマと金髪天然主人公の珍道中を書きたい…




