12
「あなたも貴族なのだろう?イオが卿と呼んでいた」
「ああ。面倒くせえ」
「だろうな」
静かに呟くキーエンスを驚いたように見下ろし、レイダはなにか言いかける。
「あら、あなたも朝帰りなの?」
笑いを含んだ声が響き、ミアが角より現れる。キーエンスと同じく昨夜の衣装のままだった。疲れた表情をしていたが、なぜか機嫌よく笑みを浮かべている。そして値踏みするようにレイダを見やり、ふん、と高慢に鼻を鳴らす。
王族の従者にありがちな態度に、レイダは内心ため息をつく。
「おはようございます、ミア様」
先輩侍女へと頭を下げながら、咎められるかもしれないと思い、キーエンスは身を縮めた。
「おはよう。姫様はまだあちらでお休みよ。わたくしも今戻ったところなの。貴女も昼まで休んでいいわよ。…姫様は多分…」
ちらりとレイダを一瞥し、キーエンスの恋人ならば聞かれてもいいかとミアは思う。
「昼すぎまで王子の部屋に籠もられるわ。あの調子じゃあ、一晩では足りなさそうだもの」
うふふ、と下卑た笑いをあげ、ミアはあくびをかみ殺しながら自室へと踵を返した。
青ざめるキーエンスを見下ろし、レイダは内心ほっとする。
助けてよかった。もし、あのまま見つかっていたら、きっと今でも閨の中で、王子に弄ばれていただろう。
「おさまるところにおさまったんだ、あんたが気にすることじゃねえよ」
「だが…まだ婚約もしていないというのに…」
わずかに声をあげ、レイダは笑う。
「王族や貴族は、結構乱れてるもんだぜ?…あんた、そんなんでよく今まで無事だったな」
うねるように波打つ金の髪、整った顔、そして華奢でありながら引き締まった体。頭の軽い貴族の子息達には、恰好の標的になるだろうに。
「王宮には近づかないようにしていたからな」
呟き、疲れたように髪をかき上げる。
キダータの王宮にいたのは、12歳までのことだ。年頃の男女がどんな生活をしているかなど、知ることなどなかった。
フリア姫がアルカイオス様と、そういった関係になったならば、そろそろ護衛の任を解いてもらえるかもしれない。
着替えてから、ダラティエに会いに行くか。
「ここで大丈夫だ、レイダ殿。昨夜は本当に助かった。改めて礼に窺うよ」
レイダはにやりと笑い、しばしキーエンスを見つめる。礼などいらぬと
言ってもいいが、それで終わらせるには惜しい相手だった。
「礼は酒でいい。城下にある不酔亭って店に入り浸ってるからな、ヒマな時に来るといい」
さっさと部屋へ入れと言うように、手を扇ぐ。部屋に入るまで、見守るつもりらしい。
騎士道というやつか、とキーエンスは笑い、部屋へ向かう。
「ああそうだ。騎士の詰め所には俺を訪ねて来るなよ。面倒くせえ事になるだろうからな」
「わかった」
扉の向こうへ消える女を見送り、レイダは機嫌良く城下町へ向かう道へと踵を返した。
下働きの者がためておいてくれていた湯船の水は、すっかり冷えていた。だが、気だるい体を目覚めさせるには、丁度いい。
いつもはあまり使わない花びらを撒き、香りのついたぬるい水に痣だらけの体を浸す。
醜い紫の痕を、見たくなかったのかもしれない。
湯船に浮かぶ花びらに埋もれるようにして、キーエンスは丹念に体を洗った。




