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ふん、と鼻をならし、ヤマは杯を差し出した。
その子どもっぽい仕草に笑いを誘われたキーエンスは席を立ち、二人の間に向かい合うように座って給仕をすることにした。
「おや残念」
傍に寄りそっていた気配が離れたことに気づいたイズニークは、軽く笑う。
「精霊が大抵のことは教えてくれるだろうが。目の見える者よりよほど気配に聡いのだ、こいつは。それほど気にすることはないぞ」
酒を注ぐキーエンスへ、ヤマは言う。
「まあね。だれか御身内に目の悪い方がいるのかな?とても慣れているようだったけれど」
声をかけてから手を触れ、言葉を使わずに物の位置を教えてくれる方法など、イズニークはキーエンスの心遣いに正直驚いていた。
「ええ。…祖父のような方が、目を病んでおりまして」
レコルダーレを思い出し、そっと目を伏せる。この仕事が終われば、カダールへ帰ろう。
「その方は、シールムに縁はないかい?」
「さあ。どうでしょう?」
「貴女には随分精霊が懐いているようだから。歌姫でないのなら、シールムの血が入っているのかと思ったんだよ」
あ、とキーエンスはバンキムの言葉を思い出した。
「そういえば、祖父がシールムの------」
王族だと言っていた。けれどそんな身分の者が侍女をしているなどと知られる訳にはいかない。
「出身だったと聞いた事がございます。…そのせいかもしれませんね」
ヤマはわずかに片眉をあげ、イズニークは苦笑していた。
どうやら誤魔化しきれなかったらしい。それでも追求はされなかった。
「とてもよい声をしているから、歌を謳うのかと思った。謳う気はないかい?」
酒の杯を置いたイズニークは、かわりに楽器をもてあそぶ。
「お許しください」
困ったようにキーエンスが言うと、仕方ないといった風にイズニークは肩をすくめ、再び杯を傾けた。
「ふられたな、イズク」
楽しげにヤマは言い、機嫌良く酒をあおる。
「のう、そなた、我が滞在する間、専属の侍女となれ」
杯に酒を注がれながら、ヤマはキーエンスを見上げて言う。
「お許し下さい、王。私は姫の侍女として雇われております」
わざとに隠した細剣を軽く擦り、小さく音をたてる。
ぴり、と武人であるヤマの気配が一瞬緊張する。
「そなた…」
「ただの侍女でしたら、喜んでお受けいたしますのに。残念です」
悪びれずに言うと、今度はイズニークが笑った。
「ふられたね、ヤマ」
楽しげに言い、イズニークはキーエンスの手をとった。そして素早く金糸を巻く。
「これは?」
「ヤマ国一の色男をむげにした稀なる女性への贈り物だよ」
金糸には、イズニークの衣を飾る小さな金の鈴が付いている。
呆れたようにヤマはイズニークを見て、何か言いかけるが、結局何も言わずに杯を傾けた。
「ありがとうございます」
小さく愛らしい鈴を見つめ、キーエンスは素直に礼を言う。
イズニークはにこりと笑って応えたが、なにか含んだ笑みだった。
芸術家はエロい人が多いと思います。マジで。




