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キーエンスに与えられた部屋は、フリア付きの侍女達が暮らす部屋の一つだった。侍女としては破格の扱いで、一人部屋が与えられた。
ミアによると、気むずかしいフリア付きの侍女は、長居してもらうために優遇されているのだという。それでも転属願いを出して別の王族へ付いてしまう侍女は多いという。
ミアの他にもう一人年若い侍女がいたが、あまりフリアとうまくいっていないようで、フリアと直接会わない仕事を主にしているようだった。キーエンスは特にやりづらさを感じる事はなかったので、ミアの手伝いのような仕事をしていた。それでも護衛という役目があるので、あまりフリアのそばを離れないようにしながら行っていた。
ヤマ王はフリアに会いに来ることはなく、数日経ってからやっとフリアは不満を口にした。
「べつによいわ。9歳も年上の方なんて、わたくしには合わないもの」
おもしろくなさそうに言い捨てたが、イズニークの演奏会を開くと聞いた途端新しいドレスを取り寄せるようミアに言った。そして傍に仕えることになるであろうミアとキーエンスにも新調したドレスや髪飾りを身につけさせた。
フリアは貴重な昆虫の幼虫からしか抽出できない深みのある赤いドレスを身につけ、糸のように細い金を編んで作った髪飾りを身につけた。そしてミアとキーエンスには侍女ならば汚れを気にしてなかなか身につけることの出来ないはずの純白のドレスを身につけさせる。飾り気のない銀の髪飾りで髪を結い上げさせ、そろいの白いレースで飾る。
深紅のドレスに身を包んだフリアの背後に佇む純白の侍女は、会場の貴族や大臣達の目を釘付けにした。
「フリア姫も美しくご成長なさいましたな」
「各国から王子を招いているそうですが、どの国も断ることがなかったとか」
「やはり神秘の国ルナリアとつなぎをもちたい国は多いのでしょうよ」
会場を囲むようにして貴族達の席は作られていた。どの位置からも王族に用意された高い位置の席は見えるように配置されている。
年老いたルナリア王の姿はなく、その息子夫婦である王太子と王太子妃が空席の王座のすぐ下に座っていた。フリアの両親である。恰幅のよい王太子妃は満面に笑みを浮かべ、期待に満ちた目を会場の中央に用意された席へと向けていた。
「母上はシールムのご出身なの。希代の歌姫と言われた方なのよ」
誇らしげにフリアは言い、ノンビリと杯を口に運ぶヤマ王を一瞥した。
ヤマ王は王族の席に招かれていた。王太子が時折話しかけている。
「まるで獣のようね。見て、あの髪。まるで闇のような色。なんだか怖いわ」
ミアにひそひそと耳打ちし、フリアは扇を広げた隙間からヤマ王を盗み見していた。
「今回の相手はダメですわね。次に期待しましょう」
ミアも肩をすくめて応える。
そうね、とつまらなそうにフリアは頷き、興味の失せた目を会場の中央に佇むイズニークへと向けた。
内心ため息をついていたキーエンスは視線に気づいてそっと顔を上げる。
大臣達の座る貴賓席の背後に、数人の騎士達が佇んでいた。磨き上げられた白銀の鎧を身につけた友人達だ。どうやら護衛の仕事らしい。
それぞれに軽く手を挙げたり片目をつむったりと合図を送ってくる。
騎士らしい威厳のなさに思わずキーエンスは笑うと、騎士達も嬉しそうに笑い返してきた。
それに気づいたヤマは、ふと顔を上げてキーエンスを振り仰ぐ。そして軽く杯を振った。
意を得たキーエンスは、フリアを見る。
「よくてよ。…わたくしの事はなにも言わなくて結構ですからね」
キーエンスは頷き、軽く裾をつまんでヤマ王のもとへと降りた。